後編
「赤い服を着た女性・・・ってゆーか、女の子。心当たりある?」
「・・・まったく無い」
それが、原因となっている幽霊の事であるのか。
それとも、さきほど遙が言った「いい事」なのか・・・
どちらにせよ雅也には心当たりなどあるはずが無かった。
「赤い服ってゆーのは、イメージなんだよ。
そーだなぁ。お祭り・・・縁日なんかで赤い洋服着て喜んでいる子なんだけど」
「女の子って何歳くらいなんだ?俺の親戚中思い返しても、小さい子なんていないけどな」
「あっ、ごめん・・・うっかりしてた
その子はもう何十年も前に亡くなってるみたいなんだけど・・・」
雅也の両親は共に小学校の教員をしている。
祖父母も元教員であり、姉も昨年から中学校の教員となった。
永沢家はまさに「子供」との接点が多い家柄なのだ。
「女の子」の「幽霊」ならば、その関係であろうと考えた。
「お父さんの兄弟に小さいとき亡くなった女の子いると思うんだ」
「あぁ、そういえば小学校に入る前、亡くなった姉がいたって聞いたことあるな・・」
「その子が・・・さっきから必死なの。あなたに伝えたい事があるんだって・・・」
雅也にとって叔母にあたる人の死。
遙に言われるまで、もう何年も思い出したこともなかった。
無論、会ったことなど無いのだから、無理もない。
「なんて伝えたいの?」
「りんご飴、大好きだって・・・」
「・・・・・・・・・」(汗)
「ごめん、小さい子の感情だから、いろいろな思いが頭の中に雪崩込んでくるの」
伝えたい真意は『逃げろ』ということだった。
『近日のうちに雅也に対する「不幸」がやって来る』
その思いと同じくして、亡くなる前の『女の子』の思い出が、遙の心に溢れ出すのだ。
縁日が好き。
りんご飴が好き。
わた飴はもっと好き。
「きっと、赤い洋服が一番のお気に入りだったはず・・・」
遙の目には涙が溢れている。
女の子の思いがそうさせているのだろう。
幼くしてなくなっているのならば、無理の無い事なのだ。
『生きる』事が当たり前で、『幸せ』に慣れていると、
亡くなった人達への気遣いを疎かにしてしまう。
自分が死んだ場合、なにが怖いのか。
雅也はこう思う。
「忘れられる事が一番怖い・・・」
人間誰しも『死』とは隣りあわせである。
それは避けることが出来ない。
『生』がある限り『死』は存在する。
例えば、同級生の中で一番長生き出来たとしても、
裏を返せば、同級生のすべての死を確認した後、自分が旅立つのだ。
誰一人見送る友がいない中での『死』。
その事は、幸せであるのか否かは分からない。
圧倒的多数の人間は、
平凡な家庭に生まれ、
平凡な人生を送る。
歴史や表舞台に名を残さなくても、
堅実で安定した人生を歩み、惜しまれつつ人生の幕を引く事が、
圧倒的多数の人々が感じる幸せである。
雅也はそう考えていた。
だから、自分が生を受ける前とは言え、
近親である叔母の存在を、忘れていた事実にはひどく衝撃を感じた。
「・・・叔母は何の不幸か分からないけど、それから回避するよう教えてくれたんだ」
「回避だけじゃなくて、守ってもくれてるの」
「俺の『守護霊』は叔母だってこと?」
「守ってくれている人達の一人だと思うわ・・・
女の子と、手をつないで隣に一緒にいる人達もいるもの」
遙から聞いた『守ってくれる人達』とは、
雅也が思いつく『守護霊』という概念とは少し違っていた。
生きている人には、多数の霊が集団でチームを組んでいるのだと遙は説明する。
「スポーツのチームなんかとは全く違う感じだからね・・」
その中でも一際存在感を発揮する、特別な存在。
遙はそれを『指導霊』と呼んでいる。
「・・・なんかのテレビでそう呼んでたんだけど、便宜上そう呼ぶね」
そして雅也にも指導霊は存在し、それが叔母の手を繋いでいるらしい。
「その指導霊がね、ちょっと不思議なの。初めてかなぁ、こんなのは・・・」
「・・・すごい悪霊だったら教えないでくれ」
「ははっ、それじゃ私が先に逃げちゃうよ。怖いんだよ、私も。」
時折不安気な表情を浮かべる遙。
それが雅也には、この話が作り話ではないって事を証明させられる様だった。
「その指導霊って・・・雅也みたいなの・・・」
「・・・・俺はまだ生きているぞ」
「そうなんだけど・・・」
「そうなんだけど?」
「うーん・・・私の能力じゃここらへんまでが限界なの」
二人はここまでの話を整理してみる。
まず、「悪霊」と「守護霊」からの二つのメッセージがあるらしい事。
「悪霊」は直接的には雅也にとりついているわけではないが、
なんらかの影響は及ぼすらしい事。
「守護霊」はそれから逃れるように忠告している事。
そして「守護霊」の一人は叔母であり、雅也自身でもある事。
「雅也は輪廻転生ってあると思う?」
「生まれ変わりか・・・」
前世・今生・来世・・・
魂の連鎖があるのならば、かつての前世に存在した『自分自身』が、
守護霊の中にいたとしても不思議な事ではない。
小さな女の子である叔母の手を繋いでいる雅也の霊は、
間違いなく叔母よりも年長だと考えられる。
「確証はなくても、今は信じたい気分かな・・・」
「ありがとう・・・」
「礼を言うのは俺のほうだろ?」
今日一番の笑顔で遙がこたえる。
「ううん、ありがとう。私、本当に嬉しいの・・・」
突然はじまった「幽霊」の話。
雅也が信じるか否かは、遙にとっても予想できない事だった。
「幽霊」を感じ取ることのできる能力。
普通ではない世界を他人に話す事が、自分に対してリスクがある事は、
遙は嫌と言うほど経験してきた事だろう。
だから、恋人である雅也にも話せなかった世界。
でも、話す事になってしまった不安。
「で、どうすれば『不幸』を回避できるんだ?」
「・・・とりあえず、何日間かはアパート帰らない方がいいと思うの。
もう荷物もとりに行かないほうがいいと思うわ」
こうして二人は、午後からの講義も休んで遙のアパートで、
間もなく来るであろう「不幸」をやり過ごす事になった。
そして2日後の夜、「不幸」はテレビのニース速報で知る事になる。
ビビッ。ビビッ。
―――ニュース速報―――
今日午後10時20分頃、○○区坂下町のアパートで爆発による火災発生。
現在消火活動中・・・・
「・・・・・想像以上だったな」
「・・・・・想像以上だったわ」
雅也の一階下の住人が、ガスによる自殺を図り、
そのガスがなんらかの原因で爆発したというのが、「不幸」の正体だった。
アパートの半分が吹き飛んだこの事件は、付近の住人が偶然撮っていた
ビデオカメラによって、全国ニュースに繰り返し登場する事になった。
幸いにも怪我人が数人出たものの、自殺した住人以外命を落とすものはいなかった。
一瞬で吹き飛んだ雅也の部屋。
そこに居たのならば絶命は免れなかっただろう。
その後に起こった火災のため、全ての家財は失ったが、
「命」という最大の財産は残す事が出来た。
「・・・遙、今週末なんか予定ある?」
「とくには無いけど、どうしたの」
「叔母に会いに行こうかと思ってさ・・・りんご飴もって」
「あら、俄か供養じゃダメなのよ」
悪戯に微笑む遙を見ながら、
叔母だけではなく、自分自身に会いに行くような感覚を雅也は感じていた。
墓参りを決めたときから、遙をただの恋人とは思えなくなっているのだ。
なにか愛情の他に、深い繋がりを確信するのだ。
「前世でも私たちは恋人同士だったみたい・・・」
遙はそんな疑問のヒントをくれた。
「叔母はもしかして・・・」
「すごい、雅也もなにか分かったの?」
「いや、なんとなくだけど・・・」
空を見ながら遙は答えもくれた。
「そう、前世叔母さんは私たちの子供だったんじゃないかなぁ・・・」
そうだ。
これが答えか。
理屈ではない。
魂の繋がりは、魂で感じるものなのだ。
二人がそう感じるならば、それが二人の答えなのだ。
幽霊は見えない。
でも、幽霊は存在すると遙と雅也は知っている。