前編
「幽霊って見たことある?」
彼女からの質問が、予想外だった事に戸惑いながらも、
永沢雅也は表情を変えることなく答える。
「テレビや映画以外じゃ見た事は無いな・・・」
「雅也らしい答えだね。」
予想通りである事を楽しんでいるかのように、
笑いながらそう言う彼女、真田遥は同じ大学に通う同級生だ。
付きあい始めてもうすぐ1年になるが、遥がオカルトじみた事を言ったのは記憶にない。
永沢雅也は決定的な現実主義者である。
「幽霊」なんて存在を肯定するはずが無い事は、
彼を知る人ならば、誰もが予想できる事だった。
しかし、否定できる証明がない限り、
「幽霊はいない・・・」と言わないことは、
彼女である真田遥しか予想できない。
「なにかあったのか?」
夏であるから思いつきでそんな質問が出たとは考えられなかった。
お互いに1人暮らしをしているのだから、夜中に何者かの気配を感じたというのならば、
物騒極まりない。彼女の身を考えるならば心配なのである。
「・・・うん。気になる事があってね。」
「幽霊の事なのかい?」
二人の足が止まる。
「私は幽霊なんて見た事ないから・・・」
見た事も無い「幽霊」。
しかし、雅也は「気になる事」がそれに全く関係が無いように思えない。
3時限目の授業までは1時間以上時間がある。
大学に向う途中にある喫茶店『陽だまり』
そこで二人は「気になる事」について話し合う事になった。
「気になる事って?」
いつも雅也の質問は単刀直入だ。
「まぁ、ちょっと待ってよ・・・」
ちょっとした覚悟を決めたかのように、遥はアイスコーヒーを口に含む。
「驚かないで聞いてね。幽霊の事なんだけど・・・」
「見た事の無いのに、幽霊の話なのかい?」
「そう、見た事は無いの。」
見た事は無い「幽霊」。
しかし、「幽霊」は存在するのだと遥はゆっくり説明する。
なんでも、視覚ではなく感覚の中に飛び込んでくる「他人の思考」が幽霊なのだという。
遙には、ラジオのチューナーを頭の中で無理やり合わせられるような感覚がある。
その強制力が弱ければ、自分の意思で拒絶でき、強ければ拒絶することが出来ない。
結果、一方的に他人の思い・感情・画像等が頭の中に雪崩込むのだ。
「つまり、頭の中に思い浮かぶ事が『幽霊』って事か?」
遙の妄想であると結論付けたかのような雅也の顔。
「・・・ここまでの説明だけでは、雅也がそんな反応するって思ってたわ。」
そのような反応に、遙は気にすることなく受け流す。
「さっきね、受信したんだ。」
「幽霊のチューナー強制ってヤツか・・・」
「ここ何日間か続いてるの。かなり強烈だったから、わたしも困っちゃって・・・」
強制には2つの種類があるようだった。
全く見ず知らずの「幽霊」から受ける強制的受信。
知っている、知っていた「幽霊」(死んだ人)から受けるメッセージ的受信。
前者は受信できる人に手当たり次第の、いわゆる「悪霊」である場合が多い。
後者は何らかを訴えたい場合の、いわゆる「守護霊」である場合が多い。
「雅也、首の後の方。背中との間、冷たくなったり、痛くなったりする事無い?」
「あぁ、最近肩こりかなって思ってたところなんだけど。」
やっぱりと言った表情を浮かべる遙。
「幽霊って、そこから入ってくるの。」
「・・・俺に幽霊がとりついているって事か?」
「そこまでは私にもわかんないけど、雅也から飛んできているのはわかるんだ。」
「飛んでくる・・・」
遙は、感じる能力をラジオのチューナーだとすれば、「幽霊」は電波であると説明する。
今の雅也には、「幽霊」がとりついている・・・もしくは、電波が入り込んでいて、
常に強制受信する電波を発信している状態なのだと言う。
さすがの雅也も遙が作り話を言っている事でないことは理解できた。
しかし、第三者がこんな話を聞いたのならば、遙がどのように思われるか不安でもあった。
「その強制受信の電波はどんな内容なんだい?」
「そう、その内容が大変なのよ・・・」
そして、雅也は言葉を失う。
「こんな話突然されたら、誰だって驚くから・・・」
慰めるように遙はささやく。
「背中が寒くなってるでしょ?」
寒いと言われなければ、その感覚が「寒気」である事がわからないほどの混乱。
「これが『幽霊』なのか?」
「大槻教授ならば、『プラズマです』って説明するんだろうけどね」(笑)
笑う遙。
笑えない雅也。