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4話 脱出

 親玉の寝所は山の一番高いところにあった。


 鬱蒼とした森の植物から解放されたように見晴らしのいい広場。その奥に洞窟の入口がのぞいている。おそらくこの洞窟をねぐらにしているのだろう。広場の中央におかれた焚き火の周囲には宴会を開いたあとがあり十人ばかりの男たちが眠り転げていた。


「あのなかに親玉はいる?」


 シラルは爆睡している男たちの顔を真剣な表情で観察し、首を横に振った。


「ボクのペンダントを奪ったのは背が高くて髭をたっぷり蓄えた大男だった。こいつらじゃない」

「だとすると、洞窟のなかにいる可能性が高いね」


 雨風をしのげる横穴は山の生活で重宝する。

 底の深い洞窟などは山賊の頭領が暮らすのにうってつけの場所だ。


「なかが暗くて見えそうにないや。起きてる人がいるかどうかもわからない」


 ドニが短い首を懸命に伸ばして内部の様子をうかがう。

 広場で焚かれている火とは別に、洞窟にも小さな炎の光はあったが、遠くてほとんど役に立ちそうにない。せめて人数だけでも把握できればいいのにとヴァルトは悩ましく思った。

 これでは突入しようにも危険が大きすぎる。

 むやみに特攻して全員捕まったのではとんだお笑い草だ。


「試しに石ころでも投げてみればいいんじゃない?」


 ドニが提案した。良案が浮かばないのはみな同じようだった。


「誰かにあたって目を覚ましたら唯一の好機を逃すことになる。そんな危なっかしい作戦はとれないよ」

「けど早くしないと朝になってしまうよ」

「わかってる。だから困ってるんだ」

「打つ手がないならボクが様子を見てこよう」シラルが持ちかけた。「そのほうが効率がいい。もし捕まったとしてもボクならちょっと痛めつけられるくらいで済むはずだから」

「……俺も行くよ。ふたりでなら、なんとかなる気がする」


 ジョスランはすらりと伸びた身を乗り出した。シラルと並ぶと絵画のように映える。かすかに恐怖の色は浮かんでいるが、その挙動に臆した様子はない。

 ヴァルトはジョスランの瞳をしっかりと見つめ返し、うなずいた。


「本当なら四人で乗り込みたいところなんだけど――わかった。おれとドニはすぐ逃げられるよう退路を確保しておくよ。ジョスランとシラルはペンダントを奪還してもらう。それでいいね」

「ボクのわがままに付きあわせてしまって申し訳なく思う。君たちにはなんと感謝していいか……」

「お礼を言うのはあとにしよう。いまできることを全力でやってから祝杯を上げればいいんだから」


 ヴァルトは笑った。笑うと、シラルが引くほどの悪人面になった。


「き、貴様は悪の手先なのか!」

「ヴァルトは元々こういう顔なんだよ。許してやってくれ」


 ジョスランがなだめるも、当の本人は納得がいかないというふうに眉間にシワを寄せていた。

 ドニがなぐさめるように肩をたたいた。



 湿気てない木の枝を拾いあげ、忍び足で焚き火に近づく。

 酒の残り香が薪の焼ける匂いにまじって鼻をついた。さいわい地面に雑魚寝している子分たちは盛大にいびきをかいている。しばらく目を覚ますことはないだろう。

 枯れ枝に火をうつし、親分がいるであろう洞窟に向かう。即席の松明は頼りない灯りで洞窟のなかを照らした。ジョスランとシラルは足元に注意しながら穴の奥へと進んでいく。


 入ってからわかったことだが、さほど規模の大きくない洞窟のようで、走れば出口に戻るまで数十秒とかからない広さだった。壁の両脇には権力を誇示するように動物の骨だったり、金貨だったりがぞんざいに並べられている。


 立派な鹿の角にまじって髑髏がいた。シラルが息をのんだ。悲鳴を出さなかったのはさすがというところだろう。


 見張りは入り口に控えているだけでなかはほとんど無人だった。彼らも例に漏れず酔いつぶれており役割を果たしているとはいえなかった。


 街道で悲嘆にくれていた商人はよほど美味しいカモだったのだろう。加えてシラルと良馬が手に入ったとなればお祭り気分で飲み明かしたくなる気持ちも理解できる。

 

「……いた」


 声をほとんど出さずにシラルは伝えた。


 洞窟の最深部、ほとんど真っ暗闇のなかで大男は仰向けに眠っていた。巨人のような大男のそばにはジョスランなど簡単に真っ二つにできそうな斧が立てかけられている。これを持って追い回されたらまず勝ち目はなさそうだった。

 絶対に気づかれてはいけない。


 灯りで目を覚まさないように松明を慎重に近づけていく。見れば見るほど恐ろしい形相をした男だ。

 無秩序に顔面をおおいつくす黒髭やほおに刻まれた傷跡。どれも故郷の村人にはありえなかった特徴だ。山賊の大将になるためには半分ほど人間を超越した容姿でなければいけないのかもしれないとジョスランは思った。


「……あった」


 ほっとしたようにシラルは息を吐いた。

 大男の胸には明らかに不似合いな銀色のペンダントが光っている。鎖の先には青い宝石があしらわれており、上品で緻密な細工が施されていた。


 田舎者のジョスランでもすぐにわかる高級品だ。いったいどこで手に入れたのか聞きたがったが、シラルは有無を言わせず大男の首に手をかけた。口元からひどく酒臭い吐息が漏れている。とはいえわずかに空いた地面との隙間から首のうしろに手を回して鎖を外そうとするのは、心臓に悪い光景だった。


 永遠にも感じられるような時間。ジョスランはふと誰かの気配を覚えたような気がして振り返った。


 誰もいない。


 呼吸が荒くなっているのが自分でもわかった。シラルがペンダントを外そうとするかすかな作業音と息遣いだけが聞こえた。お手軽に作った松明も半分は燃え尽きている。

 シラルは面を上げた。額に汗が浮かんでいる。


「……暗くて手元が見えないんだ。もっと近くに寄ってくれ」

「俺がやるよ。手先は器用なほうだからね」


 がらにもない重大な役割を引き受けたのは見守っているほうが緊張するからだった。シラルも自分では無理だと悟ったのか素直に位置をかわった。


 大男は酒臭いうえに汗の匂いもひどかった。きつい体臭が鼻腔をさす。ジョスランは顔を歪めながらもネックレスの留め具に指先を這わせた。


 手元がまったく見えないので手先の感覚だけで仕組みを理解するしかない。

 留め具を外すだけの簡単な作業のはずだが、外れそうで外れない。

 あとすこしだけ手を回せば取れそうな気がする。ジョスランは無意識に前のめりになっていた。


「――っ!」


 わずかに男の肌に触れてしまった。凍りついたように止まって動向をうかがうが、目を覚ましはしない。


「……ふう」


 はやく終わらせなくては。

 隣で固唾をのんでシラルが見つめている。ジョスランは思い切って鎖をつないでいる部分に向かい合った。


 構造は簡単だ。金具同士が引っかかって固定されているだけ。ただ見えないのと、留め具が小さいのとが合わさって難易度を増していた。

 目を閉じて触覚に神経を集中させる。


 金属の表面の微細な傷さえも感じとれるように感覚を研ぎすます。ジョスランの集中力が最高潮になったとき、たしかな手応えとともにペンダントは外れた。


「あ……」


 シラルの小さな声。ジョスランは笑顔で成功の報告をしようと目を開けた。そこには熊のような大男の瞳孔があった。

 永遠のような一瞬、視線が合う。

 思わずジョスランは笑っていた。


「……ハハハ」

「……この糞ガキが!」


 雷鳴のような怒鳴り声。ジョスランは反射的にペンダントを掴むとシラルの手を引いた。とにかく全力で走りだす。背後で「ガキが逃げ出したぞ!」と叫んでいるのが聞こえる。もうなにも考えられない。取り戻したペンダントをポケットに突っ込んで二人は出口に殺到した。


 何事かと寝起きの頭でのぞきこんだ見張りたちの脇をすり抜ける。急いで周りを見回すとヴァルトとドニが大きく手を振っていた。


「こっち!」


 返事をする間もなく駆ける。ジョスランのすぐ横を矢のようになにかが通り過ぎた。前方で砕けたそれは酒瓶に間違いなかった。

 振り向かなくともわかる。起きだした山賊たちが追いかけながら瓶を投げつけたのだ。


 先行するヴァルトたちに合流する。シラルも無事のようだ。ジョスランはとたんに力が漲ってくるような気がした。心強い友人たちと一緒なら、どんな困難でも乗り越えられると確信した。


「首尾はどうだった」


 ほとんど視界の利かない道を一直線に駆け下っていく。ヴァルトの判断はさすがでなるべく走りやすい道を選んでいた。シラルは山で育った三人よりも多少もたついたが、一生懸命に足を動かして遅れを挽回していた。


「ばっちりさ。見つかってしまったけど」

「そのくらいは折込済みさ。あとは逃げるだけだよ」

「ジョスランもシラルも怪我がなくてよかったよ。あいつらときたら、また酒瓶を投げつけてきた。危ないからやめて欲しいんだけどなあ」


 ドニが怒り心頭という口調で悪態をついた。どうやらトラウマになっているようだ。


「ほらシラル、こっちこっち」


 山に慣れていないようで戸惑っているシラルの手をヴァルトが引いて先導する。山賊たちの騒ぎ立てる声が大きくなってきた。酔いから覚めて追いかけてくるのも時間の問題だろう。昼間だったらすぐに見つかって八つ裂きにされているところだ。


 こんなときばかりは月が細くて助かったとジョスランは天に感謝した。まだツキはこちらにある。


「逃げてどこへ行くんだ」


 シラルが舌を噛みそうになりながら聞いた。


「魔石の街を目指してる。シラルの来た方角と同じになっちゃうけど、ひとまず途中の宿場町まで逃げるんだ」

「――迷宮か?」

「そうだよ。魔石の街に行く理由がほかにあるかい?」

「迷宮探索なんてやめておいたほうがいい。命がいくつあっても足りない」

「それでもやらなくちゃいけないことなんだ。シラルこそどこへ行こうとしていたの?」


 ヴァルトは先々から気にかかっていたことを口にした。身の丈に合わない馬を持っていたり、なりふり構わず山の中に侵入したりと不可解なことが多いのも事実だ。


「それは……」


 答えづらそうに言葉をつまらせる。なにか事情があるのは間違いない。


「話したくないなら話さなくてもいいよ。おれたちも色々と旅の目的があるんだ。それは人によっては教えちゃいけない内容だからね」

「シラルにならいいよ。なんてったって僕らは友達なんだから」


 ドニが明るく笑った。


「友達……」

「みんな、前に気をつけて!」


 暗くて判断が遅れた。ジョスランが警告したときにはすでに遅く、四人は仲良く急な斜面を転がり落ちた。面白いように身体が回転し、星空と地面が目まぐるしく入れかわる。ひとしきり転がって目を回しながら止まったときには、かなりの距離を稼いでいた。


「――まったく、せっかくの美貌が台無しだよ」

「でもおかげで近道ができた」

「これはヴァルトの描いた筋道通りじゃないのかい?」

「時間がなくて途中までしか道を確保できなかったんだ。さっきから勘だけで走ってたんだよ」

「メチャクチャするなあ」


 ジョスランは感心したように目を丸くした。


「……君たちは面白いね」


 シラルは口元をおさえて笑っていた。笑うと歳相応の表情になった。頬にはえくぼが浮かんでいる。心から楽しそうな仕草を見るのはこれが初めてだ。


「そうかい?」


 ジョスランが首をひねる。


「そうだよ」


 シラルは口元をゆるめて答えた。


 山のふもとに隠していた荷物はヴァルトがしっかりと目印を残しておいたので簡単に発見できた。崖に近いような斜面を下ったおかげで山賊たちの姿はまだ遠い。四人は夜の街道に笑い声を響かせながら走った。


 やっとのことで宿場町に到着したときには息も絶え絶えになっていた。

 朝日が涼やかに昇ってきた。気持ちの良い風が吹いた。

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