39話 告白
一階層、二階層とほとんど魔物に遭遇することなく通り抜ける。三階層にきてようやくギュドンが一体現れたが、ヴァルトの魔道銃に装填してあった弾丸ですぐに仕留めた。
四階層に続く階段はすぐに見つかった。
この先は足を踏み入れたことのない場所だ。待ち受けている魔物はギュドンよりもはるかに強く、賢い。
「準備はいいね」
ヴァルトは足を止めてふり返った。
力強くドニとジョスランが頷いてみせる。ここでためらっている余裕はない。シラルはすでに魔女の元へ向かおうとしている。
「行こう。シラルを助けに。魔女との決着を果たしに」
一息に階段をのぼりきってしまうと、肌寒い空気が身を包んだ。廊下の中心を走るかすかな明かりを頼りに奥へ進んでいく。
ティトルーズの情報網のおかげでウルフィアスのいる場所はわかっている。運が良ければ魔物に遭遇せずに通過できそうな距離だったが、焦る気持ちを見透かしたように白い影が行く手を遮った。
まるで死者の軍隊のようだった。
骨だけになった人間が、同じく骨を鋭利に削った弓と槍で武装している。兵士のような装いをしたスケルトンが隊列を組んで道を塞いでいた。
これまで単独で出てきていた魔物が、複数体になる。
階層が深くなるほど手強くなる敵は冒険者を迷宮に引き入れるための巧妙な罠だという。憎らしいほど戦略的な悪知恵が働くようだ。
「まったく初代国王はとんだ面倒を残してくれたものだね」
ジョスランがやれやれと肩をすくめつつ大剣を水平に構える。カリアとの戦闘修行を積んだおかげで剣先はピクリとも動くことなく静止していた。
「ずる賢いんだから。ヴァルトみたいな魔物だね」
「ドニ、うるさいよ」
「悪そうな顔も似てるよ。きっと魔女がヴァルトを真似して作ったんだね」
笑いながら軽口を叩く。
矢をつがえたスケルトンが器用に指先を離した。その瞬間を見越していたようにドニの大盾が割って入る。後の先をとれ、とカリアは口やかましく言っていた。
最初の攻撃を合図に武装スケルトンが突っ込んでくる。槍を構えた前衛が三体、弓をつがえる後衛が二体。陣形まで組むようになっているらしい。
「前は任せたよ!」
叫ぶように指示して、前衛のスケルトンの隙間に飛び込む。
そのまま抜刀し後衛の片方を切り捨てようとしたが、そう甘くはない。剣筋は弓に受け止められた。その隙にもう片方が回り込んで射撃の用意をする。
訓練された軍隊のような動きだ。
四階層の魔物でさえこれだけの力を持っているのなら、魔女が本気を注いでつくり上げる魔物はいったいどれほど恐ろしいのだろう。国のひとつくらい簡単に滅ぼせるとしたら脅威以外の何ものでもない。
魔女を討ち漏らせば、この国どころか世界が危ない。
迷宮という巨大な巣にこもっているうちに倒さなければ。ヴァルトは覚悟をさらに強くした。
二体のスケルトンは意志を共有しているかのように巧みな連携で反撃の余地を与えてくれない。片方に狙いをつければ、もう片方が援護する。
カリアが教えてくれた理想的な動き方だ。
一対一ならギュドンを倒すよりも容易だろう。しかし計算しつくされた陣形はスケルトンの戦闘力を何倍にも膨らませていた。
背後に回りこまれないよう小走りに牽制しながら考える。
二体をまとめて相手にするのが困難なら、強引に一騎打ちの勝負へ持ち込めばいい。
ヴァルトは素早く態勢を転じてスケルトンの一方に斬りかかった。すかさずもう一方が死角に回りこみ、弓をつがえようとする。
しかし援護射撃が襲ってくるよりも早くヴァルトは繰り出された槍の穂先をいなし、刃を滑らせながら懐に飛び込んだ。スケルトンは焦る様子もなく槍を引きつつ、ヴァルトの胴を薙ごうとする。
予想通りの反応だ。
ヴァルトはスライディングの要領で足元の横を滑り抜ける。
反対側に出て身体の向きを反転すると、ちょうど二体のスケルトンが直線上に重なっている。こうなっては後方の魔物は無力だ。
一時的に作り出した数的互角。いまのヴァルトにはそれで十分だった。
槍の柄を握る手首を一刀のもとに切断し、返す刀で頚椎を落とす。支えを失ったしゃれこうべが乾いた音を立てて床に転がった。
邪魔な骨格を正面に蹴り飛ばし、弓持ちのスケルトンの眉間を鋭く突き崩す。
スケルトンの弱点は人間と同じく頭部にある。すなわち首と胴を切り離せば倒せる。頭蓋を失った魔物はあっけなくバランスを崩し、迷宮に吸収された。
こんなときにも律儀に魔鉱石は残る。血を凝縮したような赤い魔鉱石。地上に持ち帰れば一月はゆうに遊んで暮らせる金が手に入る。いまとなっては無意味な勘定だった。
「まさか君が攻撃までこなすとはね。驚いたよ」
振り返るとジョスランが赤魔鉱石を手にしていた。隣ではドニが得意気に胸を張っている。
「ふふん。大きな盾だからね、振り回すだけでも強いんだよ」
「俺の剣技のような優雅さが足りないよ。戦いはもっと美しくこなさなきゃ」
「勝てばいいんだよ。ジョスランは頭悪いなあ」
「なんだって」
「まあまあ、二人とも怪我はない?」
「大丈夫。ヴァルトこそ銃を使えないのによくやったね」
ジョスランからもらった魔鉱石を銃に吸収させ、残りのひとつは腰につけた革袋に詰めた。
冒険者の人影のない四階層を走っていく。地図はないが、さほど入り組んだ地形でないのが幸いした。途中、何組家のスケルトンに遭遇したが魔道銃の威力は凄まじく、あっというまに骨の化身を浄化した。
まるで何者かに導かれているように順調な道のりだった。
ウルフィアスとシラルを見つけるまでさほど長い時間はかからなかった。迷宮には似つかわしくない祭壇をそなえた大部屋に二人はいた。
「――ヴァルト!」
「どうやってあの警備を抜け出してきた。帰ったら徹底的にしごき直す必要があるな……だが、その前に」真紅の鎧に身を包んだウルフィアスがゆっくりと剣を抜いた。「ついでだ、お前たちを葬ってからにしよう」
「逃げるんだ! いまならまだ間に――」
「もう手遅れだ。今度こそは容赦しない」
シラルの言葉が終わらないうちにウルフィアスの姿がかき消えた。本能的に身をよじって回避する。すさまじい風圧が頭上をかすめる。
「ちょっと話をーー!」
「死に際の戯言を聞くつもりはない」
再び赤い鎧が空間から切除されたようにいなくなる。
迷宮のなかをウルフィアスは自由自在に動くことができる。ヴァルトが魔導銃を構える余裕もなく背後から突如として現れた剣がほおを切った。
「ドニ、ジョスラン、三人で固まるんだ!」
背後にさえ回り込まれなければ対処のしようがある。
ヴァルトの呼び声に応じて三人は背中を合わせて密集した。
「それでどうにかしたつもりか?」
「ドニ、上だ!」
シラルの声に反応して大盾を頭上に掲げる。その瞬間、青白い稲妻がほとばしった。視界が真っ白になる。同時に轟音が響き渡り、ドニの手から危うく盾が弾き飛ばされそうになった。
ウルフィアスが空中から斬りかかったのだと理解する。
一撃を防いだ瞬間、ジョスランが間髪をいれずに反応した。身の丈ほどもある大剣を悠々と振り回して肉薄する。
直撃すればギュドンでさえ一撃で葬れる威力だった。
しかしウルフィアスはまるでそよ風を受け止めるような容易さで斬撃をさばく。空いた左手をジョスランのみぞおちに叩き込んだ。
「グフッ……!」
軽量の身体がふっ飛ばされる。
「この野郎!」
「ドニ、ダメだ!」
仲間をやられたことで頭に血が上ったドニは盾を前面に押し出して体当たりを試みる。ウルフィアスは大盾がぶつかる寸前に真後ろへと転移した。
「もっと頭を使うことだな」
魔法をまとった一閃にかろうじで盾の側面を割りこませる。
不十分な防御はダメージを軽減しきることができず、ドニは床の上を転がった。うつ伏せのまま起き上がろうとしない。
「あとはお前だけだな」
気づけばウルフィアスの剣が首筋に当てられていた。薄皮が裂けてつと血が流れていく。生暖かいような、気持ち悪い感触だった。
「なぜここへ来た。どのみちお前の友だちは助からないのに」
「全員が救われる道があるから。シラルも、誰も犠牲にならなくていい方法があったのに……」
ヴァルトは視線だけを倒れているふたりの友人に向けた。
どちらも死んだように動かない。
「そんな詭弁が通じると思ったのか?」
「シラルのお父さんに頼まれたんだ。この呪われた迷宮を、この国と魔女の因縁を終わらせて欲しいって」
「ティトルーズ様が? 本当か?」
「そうだよ。シラルをわざと逃がしたのも、おれたちを開放したのも全部シラルのお父さんがやったことなんだ」
「父上がボクを……まさか、そんなはず……」
普段よりもずっと白い顔をしたシラルが不安そうな表情で見上げた。儀式のためなのだろう白装束に身を包んでいる姿はどこか神々しく思えた。
「だってボクは魔女の生贄になるために育てられたんだ。姉上もそうやって捧げられた」
「そのことをずっと後悔していたんだよ。シラルまでいなくなったら、あの人には家族がいなくなってしまう」
「父上が……そんな……」
いまだにヴァルトの言葉が信じられないといった様子で視線を忙しなく左右に向ける。
「ティトルーズ家に与えられた役割は絶対だ。守らなければ国が滅んでしまう」
「それでいいんだよ。こんないびつな国は一度壊してしまって、新しく国をつくろう。みんなが笑って過ごせるような国を」
「でも、どうやって……」
「話す前にジョスランとドニの手当てをしなきゃ。全員の力を合わせないと成し遂げられないことなんだ」
問答無用で剣を押しのける。
ウルフィアスは抵抗しなかった。ジョスランのもとに駆け寄り心臓に耳を当てる。脈拍はしっかりしているようだ。
「死んだならいまごろ魔女の養分になっている。加減したつもりはなかったが、しぶとい命だ」
ドニの身体を抱き起こしながらウルフィアスが言った。
どういう理屈かこめかみに指を当ててすぐに、ドニは目を覚ました。
「気付にはこれが一番だ」
ジョスランの頭にも同じ行為をくり返す。しばらくふたりともわけがわからないといったように宙を見つめていたが、やがて焦点を結んだ。
「多少の怪我は気にするな。死ななかっただけ運がいい――それで、ティトルーズ様のことだ、無策でお前たちを寄こしたわけではないだろう」
「魔女を倒すんだ。ここにいる全員で」
ヴァルトは腹部をいたそうにさすっている友人たちに肩を貸しながら説明した。
国王の膝元で始まろうとしているクーデターのこと。現国王を打倒し、迷宮に頼らない国家をつくり上げること。そして誰も犠牲を必要としない世界の必要性を。
人間が人間をエネルギーにして成り立つ国家なんて間違っている。
「その切り札がお前たち、というわけか」
「迷宮に吸収された女性たちの親族なら、きっとなにかが起きる。魔女を倒すのも不可能じゃない」
「――失敗したらどうするつもりだ」
「シラルを見殺しにするくらいなら、全部まとめて滅んだっていい」
「魔女を倒す、か。たしかに魅力的な提案だ」
ウルフィアスは赤髪を揺らして言った。
「案外あっさり協力してくれるんだね」
「私が喜んでこの汚れ役を引き受けていると思ったか? 最強などという無意味な称号に浮かれているとでも?」
「てっきりそうだと思ってたよ」
ウルフィアスの身をすくませる視線にも動じずドニは正面から睨み返した。
「私だって人なんだ」
と、赤い悪魔はつぶやいた。
「罪もない人間を殺すたびに自分を呪った。私はこの世で一番無力な人間だった」
ウルフィアスは祭壇まで少年たちを誘った。迷宮の硬質な床に複雑な紋様が描かれている。赤く光る剣を突き立てると、紋様が白く輝き始めた。
「準備はいいか?」
「そうだ、シラルにこれを渡しておくよ」
ヴァルトは愛用のレイピアを手渡した。騎士団の宿舎から抜け出してくるとき一緒に返してもらっていた。
「ありがとう。君にはいつも助けてもらってばかりだ」
「いいよ。友だちじゃないか」
「友だちか。ボクはたぶん――」足元が浮かび上がるような感覚。純白の光が視界を覆い尽くしていく。「それ以上に君のことを大切に想っているよ、ヴァルト」




