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37話 昔話

 騎士の詰め所と呼ぶにはあまりにも豪華な一室。


 もっぱら国王や貴族など来賓客をもてなすために使われる部屋に連れこまれた。


「そこに座っていろ」


 細やかな刺繍の施されたいかにも高価そうなソファーに腰かける。


 シラルをのぞく四人が横一列になっても窮屈さを感じさせない。それどころか柔らかく身体を抱き込む心地よさに籠絡されそうだった。


 ドニの顔はすでに半分眠ったようにぼんやりしている。


 ヴァルトは友人の頬を思い切りつねりながら、シラルの姿を探した。


 しばらくして簡素ながらも高貴なしつらえの施された衣服をまとってシラルが現れた。いつものローブを脱ぎ捨て、透き通った白い肌をさらけだしている。


 ウルフィアスが別人だと信じていたのもうなずける。そこにいるのはまるで別人の誰かだった。


「待たせたな。さっそく話を始めようか」


 服装のせいか口調もいささか畏まっているように感じる。


 シラルはヴァルトたちの対面に座った。視線を伏せたまま、目を合わせようとしない。白磁の陶器に注がれた紅茶と菓子が運ばれてきて、ドニが生き返ったように食指を動かしはじめた。


 皿に上品に盛られたクッキーがなくなる前にウルフィアスが入室した。


 鎧を脱いでいても、燃え盛るような赤髪はよく目立つ。シラルの下座側に座ると一礼して紅茶をすすった。


「さて――」


 と切り出す。


「ロゼール様が帰還されたとの情報はすでに本国のティトルーズ様に報告いたしました。すぐに返事がくるでしょう」


「父上は喜ぶと思うか?」


 シラルは平坦な声音で訊ねた。


「……はい、と申し上げるべきでしょう」


「そうだろうな。実の娘が儀式を目前に逃げ出したとあっては家の面目が丸つぶれだ。小躍りして歓喜していることだろう」


「むすめ?」


 ヴァルトの耳が不審な単語をとらえていた。


「ああ、娘だ。ティトルーズ家の長女ロゼール。これがボクの本当の素性だ」


「シラルは女の子だったのかい。なんてことだ。まったく気づかなかった」


 ジョスランが額に手を当てて嘆息する。


「貴族だとか偉いとかよくわからないけど、シラルが女の子だったなんてねえ。ヴァルトは知ってたの?」


 ドニのあっけからんとした問いに首を振る。


 同じ部屋で生活していながらまったく分からなかった。


「お前たち、あまり無礼な言動をするなよ」


 ウルフィアスが口うるさい乳母のように注意するのを、シラルがやんわりと咎めた。


「彼らは女がどのようなものであるかまったく知らずに育った。見抜けなくてもおかしいことはない」


「しかし……」


「責めを負うべきはボクたちだ、ウルフィアス。母を奪い、妻を奪ったボクらが全ての元凶なんだ」


「やっぱり母さんたちの行方を知っていたんだね」


 ドニが紅茶を飲み干し、カップをソーサに戻した。すぐさま使用人が空っぽになったコップを芳醇な香りの液体で満たす。


「ああ……最初に事情を聞いたときから、ずっと黙っていた」


「どうして話してくれなかったのさ。そうすれば危ない目にあうこともなかったのに」


「どう弁明しようと見苦しい言い訳にしかならない。それを承知のうえで聞いてくれ」


 シラルは面を上げて、三人の少年たちの顔をぐるりと見回した。


「ひとつは君たちの身の安全を守るためだった。秘密を知って騎士団に付きまとわれるよりは、迷宮で慎ましく魔物を倒す生活のほうがずっと安全だと思った。まさかものの数ヶ月でギュドンに挑むようになるとは計算外だったけど」


「賢明な判断でした」


 ウルフィアスが口を挟んだ。


「我々としても秘密を口外しないでいただいたことには感謝しています」


「間違いだったんだ。最初からすべて明かすべきだった。けど……君たちの母親はすでに死んでいる、諦めろなんて、言えるわけない。言えなかった。ボクはもうひとつ嘘を重ねることにした。ひとつもふたつも、そう変わらないと思ったからだ」


「やっぱり、そうなんだね」


 ドニがしんみりと呟く。


 行方不明の母親を探すために村からはるばるムダラまで来たというのに。そんな感情が言葉の端々に滲んでいた。


「残念だが事実なんだ。すまない」


「シラルが悪いんじゃないよ」


 励ますようにヴァルトは笑顔を作った。


「母さんたちが連れ去られたときにはシラルはまだ赤ん坊だったんだから」


「直接的には関係していなくても、ティトルーズの末裔として生まれたからにはその業を負わなければならない。人間を魔女の生贄に捧げている罪をかぶるべきなんだ。ボクは――それさえも逃げ出してしまった」


「一から説明してもらおうか。この国でなにが起こっているのか。迷宮とはなんなのか。そしてお前は何者なのか」


「口の利き方に気をつけろ」


「うるせえ。俺はこいつらの保護者みたいなもんだ。貴族の娘だろうが関係ねえよ」


 丸太のような毛深い腕を組んでソファーの背もたれによりかかる。


 シラルが目配せすると、ウルフィアスは部屋にいた使用人をすべて退出させた。聞き耳を立てている者がいないかドアを開けて調べる念の入れようだった。


「ここから話すことは国家の超重要機密だ。他人はおろか、身内にさえ話すことは許されない。いいか」


 赤い悪魔は尖すぎる眼光を突き刺して警告した。


 ここまで来て引き返すつもりはまったくない。ヴァルトは深々と頷き、シラルの発言を聞き漏らすまいと集中した。


「昔のことだ。とある場所に強欲な魔女がいた。魔女は人を喰らって生命を永らえ、同時に強大な力を得ていた。行き交う人々はみな魔女を恐れた。近づけば殺される。魔女は人間を喰らって手に入れた魔法で美貌と若さを保っていた。その美しさに惹かれてのこのこやってくる人間を待ち構えていたんだ」


 そんな魔女のところへ、ひとりの男が訪れた。


 男は美貌にはまったく興味を示さなかった。大いなる野望を胸に抱いていたからだ。


 暗く深い洞窟の奥で、本性を見せて襲いかかろうとする魔女に男は提案した。


「もっと多くの人間を吸収してみないか、という男に魔女は関心を持った。殺すのはいつでもできる。しかし魔女を恐れて付近の住民たちは近寄ってこない。魔女はよりたくさんの人間のエネルギーを欲していた」


 毎日のように生贄となる人間を提供する方法がある。


 男は口元に微笑をたたえて説明した。


 わざわざクモのように待ち受けていなくとも、向こうから命を捨てにくる場所を作ればいい。そのためには魅力的な代償が必要になる。命を賭してでも得たいと思うもの――。


「お金だね。人間は富が大好きだから」


「そのとおりだ、ジョスラン。男は魔女に人間を与える代わりに、その力の一部を分けてもらうことを約束した。魔女は洞窟の奥に身を隠し、男は鉱石が出ると吹聴する。いったい幾人が犠牲になったのか。ひとつはっきりしているのは、男が国を創れるほどに力を持ったということだけ」


「まさか、その人が最初の国王……」


「そうだ。洞窟はやがてさらに大きく、深くなり、迷宮と呼ばれるようになった。迷宮から出る魔鉱石を求めて数多の冒険者が押し寄せ、それにともなって国ができたという。魔鉱石は魔法の石などではない。魔女の石だ」


「あるいは悪魔の石でしょう」


 ウルフィアスが付け加えた。


 悪魔の鉱石。その正体は人間の成れの果て。


「迷宮の魔物は魔女の一部だ。というよりは餌に近い。浅い階層ほど弱い魔物が出るのは、より効率よく冒険者を招き入れるため。最初から太刀打ちできないとすれば誰も来なくなってしまうからな」


 迷宮そのものが巧妙な罠になっている。


 奥に進めば危険だが、そのぶん見返りは段違いになる。


 人間の欲深さがつきない限り冒険者は自然と迷宮の奥へ進み、そして魔物に殺される運命をたどるのだ。


「創始者となった男が死んだ後も契約は続けられた。代々国王は迷宮の秘密を守り、伝えていく役目を担った。魔鉱石のエネルギーで国はどんどん豊かになっていくが、魔女はそれだけでは満足しなかった」


 魔女というだけあって食らう人間は男を好んだ。


 しかしそれだけでは充分でないという。定期的に女を吸収しなければ、バランスが崩れてしまう。


「要求に従って、国王は十数年に一度まとまった数の女性を生贄として奉納することを決めた。だが魔女はまだ満足しなかった。高貴な血がほしいと言った。つまり国王家の誰かから人柱を出せということだ」


 いくら魔女の願いとはいえ一族をさし出すのはためらわれる。


 そこで国王は筆頭貴族であるティトルーズ家に白羽の矢を立てた。国王家とも交わりがあるため、直系というわけにはいかないが血筋はつながっている。


 当時のティトルーズ家当主は揺るぎない地位と引き換えに、身内を犠牲にした。


「数十年に一度、迷宮に徴候があらわれる。その際には一定数の女性とティトルーズの娘が奉納されることが取り決められた。今回はボクに出番が回ってきた、それだけのことだ」


「そんな……酷すぎる」


「そういう運命のもとに生まれついたということだ。ヴァルトたちが咎もなく母親を失ったように、ボクも最初からこの生命を捧げるために存在している」


「馬鹿げた話だな」


 カリアは鼻の穴をふくらませて憤慨した。


 たった一人の男の野望と、魔女の欲望のために、無垢な命が数えきれないほど迷宮のなかに消えた。なかには家族を養うために戦った者も、生計を立てるために戦った者もいたことだろう。


 迷宮は最深部でほくそ笑む魔女の姿を見事なまでに隠している。


 誰もそれが得物をおびき寄せるための餌だと気づかない。もはや国そのものが魔女のために用意された巨大な銀皿なのだと、いったい誰が予想できるだろう。


「ほかに質問は?」


 シラルが見回すが、誰も言葉を発しようとしなかった。


 決まりきった運命に差し挟む疑問などないと言わんばかりに。


 掛け心地のよい革張りのソファーからウルフィアスが腰を上げた。


「ローゼル様、参りましょう。時間があまりございません」


「ああ――じゃあ、みんな。これでお別れだ」


 シラルはウルフィアスに手を取られて立ち上がった。いままで隠していた金色の前髪がはらりと揺れて目尻を隠した。


「ありがとう。少しの間だけだけど楽しかったよ――けどボクのことはこれっきり忘れてくれ。それが君たちのためなんだ」


「シラルは……それでいいのかい?」


 振り絞るようにジョスランが問いかけた。


 少女はふっと笑って、


「いいとか、悪いとかいう問題じゃない。ボクがやらなきゃ国が滅んでしまうんだ」


「生きたいとは、思わないの?」


 ドニの質問はあまりに残酷なように思えた。


 だがシラルはそれでも微笑をこぼして言った。


「生きたかったよ。でも君たちに出会って、死んでもいいかなって思えたんだ。大切な人たちを守るためならボクの命くらい魔女にくれてやるさ」


「ローゼル様」


「そうだ、シラルという偽名もこれでお終いだよ。これからはティトルーズのローゼルだ――行こう」


 ウルフィアスに伴われてシラルは扉の外に消えた。


 少しして武装した騎士が入ってきて柔らかにヴァルトたちを拘束した。儀式が無事に終わるまで軟禁されるのだという。


「あと二日」


 腕をひかれながらヴァルトは小さく呟いた。


「絶対に魔女なんかに負けるもんか……」


 決意を込めて迷宮の方角を睨む。


 十階層のさらに奥でひとり高笑いしているであろう魔女に宣戦布告するために。この間違った世界そのものに挑戦する意志を示すために。

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