32話 鍛錬
四人がかりで打ちかかっているというのにカリアは巨体に似合わぬ軽やかさで攻撃をかわしていく。
左右からジョスランとシラルが同時に木刀で斬りかかるのを半身になって回避する。砂浜に足をとられたところに軽く足払いをかける。あっけないくらい簡単にジョスランは膝をついた。
なんとか態勢を整えたシラルの突きを、木刀を横薙ぐだけでいなし、細い手首をつかむ。
次の瞬間にはシラルは海のなかへと投げ飛ばされていた。
盛大に海水を口に含んでしまい、顔をしかめながら這い上がってくる。実力差は明らかだった。
「おいおい、こんなんじゃギュドンも倒せねえぞ。若いうちから武器に頼りすぎると基礎が身につかねえ。だからこんなにあっさり負けるんだよ」
小言を述べたカリアは今度はヴァルトとドニに向き直った。
二人の少年は呼吸を合わせて左右に展開する。挟撃の形で、カリアに波状攻撃を浴びせるつもりだった。
だが大男はドニの出足がわずかに遅れたのを見てとると、素早く身体を寄せ、腕と胸ぐらをつかんだ。向かってくる勢いそのままに投げつける。足元に飛んできたドニにつまずく間に、カリアはヴァルトの無防備な頭を木刀でこづいた。
「連携がなってねえ。騎士団の演舞を見ただろう。奴らは個人の技量が頭抜けているのもあるが、それ以上に連携がとれているから強いんだ。集団で戦うほうがずっと強い」
「俺たちは全身筋肉痛なんだよ。もうすこしいたわりを持ってほしいね」
ぼやくジョスランに睨みを利かすと、美少年は首をすくめた。
「たしかに体調は万全じゃないだろう。迷宮でも常に最高のコンディションで戦えるとは限らない。仲間が負傷したとき、自分が深手を負ったとき、そんなときにはハンデを抱えて戦うことになる。そのための訓練だ」
訓練をはじめてすでに七日が経過した。
少年たちの適応能力はさすがのもので、すぐに海中を自由自在に泳げるようになった。
村出身の三人は山育ちということもあって元から身体能力は高い。シラルも苦しげながらなんとか過酷な訓練についていこうとしていた。
「お前らに足りないのは技術と知識と経験だ。シラルは体力も足りねえ」
「――もう一度、お願いします」
欠点を指摘されたシラルが足をふらつかせながらも剣を構える。
先ほど海に放り出されたばかりで全身ずぶ濡れな上に、体力の消耗も激しい。濡れた衣服は予想外に重たいのだ。それを承知で訓練に挑む根性はあっぱれだった。
「よしきた。かかってこい」
「はああ!」
鋭いかけ声とともに疾駆する。
踏み込みも、突きの深さも、初日に比べて格段に進化している。ヴァルトと同じくらい真剣に練習している成果が表れていた。
しかしカリアの目にはまだスローモーションにうつる。五階層の悪夢に比べれば、目の前の子どもの攻撃くらい遊戯のようなものだ。
「レイピアの剣術ってのは貴族の決闘用に発展したものだ。連中は命までとることを良しとしねえ。だからどこか一部から流血させることを目的にしてる。それで勝ちだからな」
次々と繰り出される突きの連撃を悠々といなしながら解説する。
ムダラには様々な流派の剣士が集まっている。冒険者として生きているうちに、自然とそちらの方面にも造詣が深くなる。
「防御は剣と剣を想定している。剣先をそらし、身体に当てないようにする技術だ。それでは重たい一撃は防ぎきれない」
力任せに横殴りの一撃を加える。シラルはとっさに反応し、身をかがめた。濡れそぼった金髪が風圧で浮かび上がる。
「だから自然と回避に重きをおくようになる。一度の避け損ないが致命傷になるからな。レイピアの真骨頂はそこじゃねえ。攻防一体の手数の多さこそ、本当の実践的な姿だ。急所を正確に狙った連撃、相手が反撃にうつることさえ許さない圧倒的な攻撃力。それを目指していけ」
口を動かしながらもカリアの追撃はやむことをしらない。ぎりぎりのところで見切るのが精一杯の攻撃の連続に、徐々に姿勢を崩されていく。
砂浜のくぼみに足を取られた。しまった、と思う暇もなく木刀は喉元で止まった。
「避けながら突く。それだけだ。――その辺で木の枝を拾ってこい。そいつを使って浅瀬の魚を採るんだ。ただし制限がある。波に濡れないようにしろ。波が迫ればそのぶん魚との距離は近くなるが、自分の身にも危険がせまる。その矛盾をどう克服するかがカギだな」
「……わかった」
素直に指示に従って波打ち際にたたずむ。
カリアは顎に手を当てて、考えこむ様子を見せた。
「どうしたんですか」
ヴァルトが問いかける。
「あいつはお前たちと違って親を探すという目的もないんだろう。なにが強さを追い求めさせるのかと思ってな」
「負けるのが嫌いなんだろうね」
ジョスランがあっさりと答えを口にする。
シラルには負けず嫌いなところがあると普段から感じていた。
「それだけじゃねえ。もっと根底に確固たる信念がなきゃ、あんな風に頑張れねえよ」
「僕らは友達だからね。お互いを守るために戦うんだよ」
砂浜に臥せっていたドニが起き上がって言った。顔中に砂が付いている。
「ちぇ、砂は食べたって美味しくないや」
「友達か。それもそうだな」
カリアはひとまず納得したようで、シラルから視線をそむけた。
ほうぼうの体で立っている少年たちを睥睨する。同世代の子どもに比べれば、圧倒的といってもいい能力を備えている。だてに迷宮の三階層に挑戦しているわけではなかった。
「お前たちは役割分担がはっきりしている。盾役、火力役、囮役。どれも戦いのなかでは重要だ。だが同じくらい何でもこなせるようになることも大切だ」
ヴァルトは魔道銃の弾がなくなった悪夢を想像した。
あのときは偶然、魔鉱石が無数にあったから助かったものの、残弾を切らせば丸腰にほかならない。
「ときには防御役に、ときには攻撃役に、そしてときには囮にもなる。何十人とパーティーを組むのでなきゃ、各自が頻繁に役割を変えることも起こりうる。自分の苦手なこともできるようになっておけば、戦略性も生存率もあがるってもんだ」
「難しいなあ……」
「センスがないわけじゃねえ。自分の特徴を理解すれば自然とやりやすい方法もわかる」
「俺の特徴はこの美しい顔立ちかな」
「うるせえ。魔物にそう言ってみやがれ」
ジョスランの軽口に反応してカリアは木刀を構えた。しまった、と後悔するがすでに手遅れだ。何度目かわからない突発的な模擬戦はまたしてもカリアの勝利に終わった。
さらに七日が経過した。
ヴァルトたちの肌はすっかり焼け、浅黒くなった。
海辺での生活にも馴染んだ。海底の貝を採ってくることも、魚をつかみどりするやり方もすっかり熟知していた。塩分と風にやられて自慢の髪がぼさぼさになったことをジョスランは嘆いていたが、おかげで一日中訓練していても平気な体力がついていた。
カリアの妻のアンナは夫と子供たちの戯れている様子を見るのが楽しいらしく、足繁く海辺に足を運んでは色々と差し入れをした。
運動に必要な飲み物や、消化のいい果物など、どれも訓練の邪魔にならないようなものだ。
ヴァルトが礼を述べるといつもしとやかに笑って、
「いいのよ。主人が楽しそうにしてるんだもの」
と言うのだった。
その日ヴァルトたちは四人でカリアに対峙していた。それぞれの手には一本の木刀が握られている。パラソルの日陰で見守るアンナが号令をかけると、戦いの火蓋が切って落とされた。
実践はすべて迷宮で戦うことを想定している。
壁や天井に制限された空間では、間合いの広い槍は使いにくい。
少年たちの体格を考慮しても剣を主武器にするのが最適だ。カリアの提案によって全員が木刀を使っている。特殊に加工したもので、かなりの重量がある。子どもの力では両手でも扱うのが難しいくらいだが、ヴァルトたちはみな片手で振り回していた。
まずは身軽なジョスランとシラルが先制攻撃にかかる。
包囲の陣形を整えるための時間稼ぎが目的だ。いつでも逃げられるよう踏み込みは浅い。カリアも当然その目論見は理解しているが、妨害しようとする鼻先をシラルの刃がかすめた。
「――させない」
「やるじゃねえか」
ニヤリと笑う。
一泊遅れてヴァルトとドニが取り囲み、四方向から同時に打ちかかる。さすがのカリアもこれは防ぎきれず、隙の大きそうなジョスランの懐に転がり込んだ。
包囲の一角を崩せば隙ができる。そうなれば各個撃破するだけだ。
カリアが胸ぐらをつかもうと伸ばした腕をジョスランは手首のスナップで払いのける。
力は、大きさではなく、伝える場所によって作用が異なる。的確に力の入れどころを見極めることで大男の腕でも簡単にいなせるのだ。
「おっと!」
ジョスランが逆に投げ飛ばそうとしてくるのを見切って無理やり横に逃げる。
待ち受けているのはドニだ。不敵な笑みを浮かべて力のこもった木刀を振り下ろしてくる。色々と恨みの乗った一撃だった。
うまく体重を乗せた斬撃は、腕力以上の破壊力を生む。
カリアのほうも木刀を振り上げて威力を相殺した。反撃に移ろうか、という直前に、今度はヴァルトとシラルが同時に斬りかかった。
ヴァルトのほうが動きは鈍い。カリアは弱点を瞬時に見極め、カウンター気味に切り返そうとする。
しかし飛び込んできたのはシラルだけだった。ヴァルトはあえて囮になり、注意を引き付けたのだ。あらかじめ予期していた軌道をなんとかかわし、時間差での攻撃を試みる。
「――くそっ」
かなり形勢の不利になったカリアを、シラルの繰り出す無数の突撃が拘束する。喉元、みぞおち、股間。ありとあらゆる急所を正確に狙ってくる。防御を怠ればそれが敗北に直結する。
――しかし。
背後から忍び寄ってくる三本の木刀にはもちろん気付いていた。この状況を打開するすべはない。巧みに相手を罠に追い込んだ時点で、少年たちの勝利は決まっていたのだ。
二週間分の鬱憤と成果のつまった振り下ろしが、カリアの後頭部に見事なたんこぶを作り上げた。
痛そうに傷をさするカリアの口から終了が宣言されたのは、それからすぐのことだった。




