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29話 命令

 視界を埋めつくす魔物の姿。ショグ、ガダモン、ギュドンと今まで戦ってきた魔物が勢揃いしている。巨大なスライム状のショグと牛型のギュドンは通路を塞ぎ、尺取り虫のようなガダモンは壁一面にはびこっていた。


 それらはヴァルトを認識すると、一斉に押し寄せる。

 緑色と茶色が爆発するように交じり合う。この世の地獄だ、そう思った瞬間、現実に戻された。


「目が覚めたか、少年」


 燃えるような赤い髪に、第二騎士団で一人だけ着用を許された赤い鎧。上背は高く、背には弓を担いでいる。白馬こそいないが彼の姿は以前出会ったときと変わりがなかった。


 ヴァルトは頭をもたげて周囲を見回した。

 土色の壁と天井が延々と続いている。床には人工的に埋め込まれた照明が細々とつながっていた。


 まだ迷宮にいるらしいと判断する。地上の病院に運ばれたわけではないようだ。


「ウルフィアス隊長……」

「私の名を覚えていたか。上出来だ、少年。自分の名は言えるか」

「ヴァルトです」


 ウルフィアスは屈み込んだ姿勢から立ち上がった。周りには二人を取り囲むように白金の鎧の騎士たちが控えている。油断なく近辺を睨みつける様子は、まだ警戒が解かれていないことを示していた。


「そうか、ヴァルト。君とは以前にも出会ったな」

「はい。山賊から救っていただきました」


「あの時はまさかこのような形で再会するとは予想していなかった。私と会う人間は二種類に大別される。騎士団に入る素質を兼ね備えた者か、あるいはムダラの街で騒ぎを起こす大馬鹿だ。君はどちらに当てはまるか――後者でないように祈っている」


 矢で射抜くような視線に身をすくめる。

 面と向かって喋っているだけなのに叱られている気分になる。

 ヴァルトはウルフィアスの威圧から逃れるように別の話題を口にした。


「ギュドンの大群はどうなったんですか。避難した冒険者たちは?」

「地上に戻った冒険者はみな無事だと報告を受けている。迷宮内に装備の忘れ物もない。不幸中の幸いだが、奇跡的に怪我人は出なかった。我が隊から数名の負傷者を出してしまったことは不甲斐ないと思うがね」


 ドニもジョスランもシラルも無事ということだ。

 ほっと一息ついてから、ヴァルトはさらに問いを重ねた。


「ウルフィアス隊長がギュドンを倒したのですか」

「私がやったのは全体の四分の一だ。我が隊の騎士たちがさらに四分の一を始末した」

「残りの半分は――」

「君だ、少年」


 気絶している間に取り上げたのだろう。ウルフィアスの手には魔道銃が握られていた。


 赤髪の騎士は懐から黃魔鉱石を取り出し、銃口に近づけた。魔法のように魔鉱石が吸収され、あとには仄かな光だけが残った。


「非常に興味深い武器だ。魔鉱石をエネルギーとして弾丸を作り出し、発射する。威力も実証済みだ。あれだけの大群をものの一撃で撃破する武器など、古今東西聞いたことがない。まるで魔法だな」

「……それは」


 魔道銃のことは他の冒険者に知られないようにしていた。


 魔鉱石を弾丸として使うなどという反逆的な行為が政府の耳に入ると都合が悪い、というのが理由だった。国の重要な資源である魔鉱石を勝手に利用するなど、許されるはずがない。


 ウルフィアスはまさしく国王からムダラを統治するために全権を与えられた人間だ。もっとも銃のことを知られてはいけない人間だった。


 ヴァルトは弁解しようとした口を閉じて、うつむいた。今からなにを喋っても嘘を重ねることになる。それならいっそ黙っておくほうがいい。


「君はこれをどこで手に入れた?」

「…………」

「なにも責めているわけではない。君のような少年がなぜ不思議な武器を持っているのか訊いているだけだ。不安ならばこれを返そう。君の持ち物を無闇に没収する権限はない」


 ウルフィアスはヴァルトの手を取り、魔導銃を握らせた。

 弾丸となる魔鉱石は装填されたままだ。無意識に引き金に指をかけようとしたのを見咎められる。


「その物騒なものはホルスターにしまってくれ。君が不審な動きをしないか見張りたくはない。私を殺してこの場を切り抜けようなどと愚かなことを考えるのは自由だが、そのときは命の保証はしない。君の細い首を落とすくらいほんの数秒もかからないからな」


 冗談っぽく脅すが、その目はまったく笑っていなかった。


「おれたちが最初に迷宮に入ったとき巨大なショグと戦いになったんです。なんとかショグを倒したら、この銃が出てきて。もしかしたら他の冒険者の持ち物だったのかもしれないですけど、迷宮の掟にしたがって貰い受けました」


「迷宮内に落ちているものは、それを最初に発見した者の所有物となる。まさしくその通りだ。君はまったく落ち度なくその銃を取得した」


「はい。そのあと少しずつ使い方がわかってきて、ガダモンを倒せるようになったんです。銃なら効率がいいから」


「なるほど。たしかに天井にいる魔物も弓を使うことなく倒せる。巨大ショグが出現したという報告は受けていたが、まさか君が被害者だったとは。今回の件といい、迷宮の魔女に魅入られているようだな」


「魔女?」


 不穏な単語に反応する。ウルフィアスは小さくかぶりを振った。


「迷宮の最深部にいるという彼女を私たちは魔女と呼ぶことがある。そこまで辿り着けば何でも願いを叶えてくれる存在など、魔女以外にはありえないだろうからな」

「騎士団の隠語ですね」

「そんな高尚なものではない。くだらない冗談のタネだ」

「ウルフィアス隊長は魔女に会おうと思ったことはあるんですか」


 知ったばかりの呼称をさっそく使ってヴァルトは質問した。


「――逆に問おう。君はなぜ迷宮に来た。金か、それとも魔女に願いを叶えにもらいにか」


 即答するのはためらわれた。


 集団で連れ去られた母親の足跡を探しに来たと素直に明かすことはできない。村の女性たちの失踪に国家が関わっているのなら、それを調査していることは秘密にすべきだろう。特にウルフィアスに対しては。


 もしかしたら、彼なら何か手がかりを知っているかもしれない。


 しかし赤い鎧を見つめているうちに、その衝動は収まっていった。国の不利益になると断定した瞬間ためらいなく殺しに来るだろうという確信めいた感情が代わりに沸き上がっていた。


「探し人がいるんです」


 誰を、とは言わない。ウルフィアスはそれでもなお何かを察したように黙って続きをうながした。


「その人がムダラにいるかもしれないと思って村を離れたんです」


「君の大切な人か」


「おれの父親が、その人を探して来て欲しいって。できるなら村に連れて来てくれと頼まれました。父さんは村に残らなければならないから、おれたちに任せると言われたんです」


「つまり君は自分の意志でここに来たのではないのか」


「でもおれもその人に会ってみたいという気持ちはあります。父さんにとって大切な人なら、きっとおれにとっても大切な人だから」


「――先ほどの質問の答えがまだだったな。私は迷宮の魔女に会ったことはない。会おうとしたこともない。どれだけ絶世の美女であろうとも性格の捻じ曲がった女は嫌いだ」


「どうして性格が悪いとわかるんですか」


「私はかつて迷宮の七階層まで潜ったことがある。一ヶ月がかりの大規模な試みだった。多くの部下が死んだ。その代償に得たものはたったひとつの魔鉱石。尊い人命と引き替えにするには、あまりに虚しすぎる代物だった」


 そう語るウルフィアスは遠くを見つめていた。


「地獄のような迷宮の一番奥で待っているような女がまともであるはずはない。そいつはきっと、この迷宮に負けず劣らず意地の悪い女だ」


「でも、なんでも願いを叶えてくれるんですよね」


「さてな。女というのは嘘の多い生き物だ。君もいずれわかる」


 大人の貫禄を誇示するように締めくくった。


 第二騎士団隊長のウルフィアスはヴァルトを立ち上がらせると、改めて怪我がないか訊いた。幸いどこにも痛む部位はない。ヴァルトは首を横に振った。


「ならば病院に行く必要もないだろう。少年、速やかに帰宅し、宿でおとなしく過ごすんだ。君には半年間、迷宮の立ち入りを禁止する命令を下す」


「……禁止?」


 にわかには信じられない言葉にヴァルトは身を固くした。


 迷宮への立ち入りを禁じられるなんて、それではムダラに来た意味がない。ドニやジョスランやシラルにどう説明すればいいというのか。思わず声を荒らげて詰め寄った。


「どうしてですか!」


「これまでの二度の迷宮の変事に君がなんらかの関係性を持っていると判断した。ただでさえ最近は迷宮が不安定になりつつある。これが落ち着くまでしばらく謹慎していたまえ」


「でも……そんな暴論すぎることが……」


「論理的でないのは認めよう。だが私にもムダラの安全を守るという職務がある。ムダラから魔鉱石が採掘されなければこの国は立ち行かなくなる。君ひとりを数ヶ月の間迷宮に入れないことくらい、国民全体の安心に比べたら黒魔鉱石ほどの価値もない。素直に諦めろ」


 ヴァルトは顔を真赤に染めてウルフィアスを見上げた。本心からそう考えているなら、殴ってでも考えを変えさせるつもりだった。強く握りしめた拳から流血していることもおかまいなく、ヴァルトは反論した。


「ムダラは自由の街じゃなかったんですか。誰もが夢を追いかけることのできる場所だったはずなのに!」


「君自身のためでもある。死ぬよりはずっとマシだろう。迷宮はその気になれば私たちをあっさりと殺すことができる。ギュドンを大量に発生させ、巨大なショグに初心者パーティーを襲撃させたようにな。迷宮が落ち着くまで外にいるのが賢明というものだ。君がこんなところで人知れず死んだら、故郷で待っている親が悲しむぞ」


「あなたも命を大事にしろと言うんですか」


「当たり前だ。無駄にしていい人命などひとつもない」


 ぶつけてやりたい言葉は無数に浮かんでくるのに、口から出てくるのは荒い呼気だけだった。ウルフィアスはしばらく感情を読み取るようにヴァルトの瞳を見返していたが、おもむろに反転すると部下に指示して袋を持ってこさせた。


「当面の生活費だ。セントロードで遊びつくしても釣りが来る」


「要りません。そんなもの、誰が受け取るもんか」


「勘違いするな。これは正当な報酬だ。君が倒したギュドンの大群は、山のように魔鉱石を残したからな。それを換金したまでのことだ」


 そう説得されては突っぱねることもできなかった。


 ヴァルトに押し付けられた袋はずっしりと重かった。なかで金貨のぶつかる音がした。いったいどれほどのギュドンを倒したのだろうと思った。


「帰りは私の部下に送らせよう。それだけの大金を持ち運ぶのは大変だろうからな」


「…………」


「そう睨むな。人に恨まれるのは慣れている。ほんの半年ばかり嫌なことを忘れて遊んでいられるなんて、私なら喜んで受け入れるがね」


「おれは違います」


「若いうちはそれくらいまっすぐでいい。だが気を焦って死ぬなよ、少年」


「――ええ」


 迷宮には騎士団専用の出入口がある。人目につかないよう馬車に乗り、カフカの宿に帰り着いたときにはすでに夜だった。


 月明かりのない夜だった。それでも建物の前で膝を抱えて座っている仲間たちの顔は見間違えようがなかった。


「……みんな」


「おかえり、ヴァルト」


 不意に緊張の糸が切れたみたいに涙が溢れだした。こんなにみっともなく泣くのは久しぶりだった。今日だけはそれでも許されるような気がした。母親の胸に抱かれるように、仲間たちの抱擁は温かかった。

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