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23話 幽霊探し

 夜になると「カフカの宿」は帳をおろしたように沈黙に包まれる。


 入居者のほとんどは冒険者のはずだが、酔っ払って帰ってくる者も、夜ふかしをする者さえいない。まるで暗黙の門限が決められているみたいだ。日中は受付で仏頂面をしている宿の主人も夜になるとどこかへ姿を消すため、宿が無人になったのではと錯覚するほど完璧な静寂だった。


 そんな静けさのなかヴァルトとシラルの部屋には四人の少年たちが集合していた。


 目的はひとつ。


 カリアから聞いた幽霊が出るという噂の真偽を確かめる。幽霊に恐怖心も興味もないドニだけは眠たげにまぶたをこすっているが、ほかの三人はしっかりと目覚めていた。


「――こんな時間まで起きてたことがなかったから初めて知ったけど、異様なくらいに物音がしないね。村にはなんにもなかったけど虫の声でうるさいくらいだったのに、ここは耳が痛いほどに静かだ」


 ジョスランはベッドのへりに腰掛けて、かすかな生活音を聞き取ろうと目を閉じている。


 だが届いてくるのは自分たちの立てる声とベッドのきしみばかり。ほかの住民たちはすっかり眠っているようだった。


「防音性がいいんだよ。おれたちの部屋にドニのいびきは聞こえてこないもの」

「それは羨ましい限りだね。おかげで俺は耳栓がないと寝られない体質になってしまったよ。ドニの寝るのが遅ければまだいいんだけど、ベッドに入るなり風呂にも行かずグーグーといびきをかくもんだから、いやでも騒音に悩まされることになる。さっさとお金を稼いで一人部屋を手に入れたいものだね」


 愚痴るジョスランの横でシラルが大きく頷いた。


「ボクも早く個室に移るべきだと思う。ふたりだと色々と不便だからね」

「たとえ違う部屋でも、シラルが寝坊したら起こしに行くからね」


 すかさず思惑を読み取ってヴァルトは言った。

 不満気に唇を尖らせるシラル。やはり誰にも邪魔されず二度寝を楽しみたい魂胆のようだ。


「僕もう眠たいよ。幽霊が出るか出ないかなんてどうでもいいよ」


 睡魔に襲われつつあるドニの口調は不機嫌だ。


 いつもならとっくに夢の世界でごちそうにありついている時間帯にもかかわらず起きていられるのは、ひとえに幽霊に対する好奇心のおかげだ。


 それがないドニには辛い作業だろう。うたた寝してしまわないよう肩を揺さぶりながらヴァルトはこう応じた。


「一晩だけ頑張ろう。カフカの宿を全部調べるには人出が必要なんだ。シラルもジョスランもひとりでは動きたくないみたいだし――」


 ちらりと視線をやると、とんでもないという表情で首を縦に振っている。


 よほど幽霊が恐ろしいみたいだ。正直なところ枕元でなにを言われようとヴァルトは怖いと感じていなかった。気がかりなのは幽霊がいるかどうか。それだけだ。


「……なら幽霊が出たら考えればいいじゃないか。探しにいかなくても、あっちから会いに来てくれるんでしょ」

「それでは遅い! やられるまえにやる。冒険者の鉄則だ」


 ドニの主張ももっともだったが、シラルは強情に反論した。


「お化けが怖いだけのくせに」

「そ、そんなことはない!」

「まあまあふたりとも落ち着いて。喧嘩しても幽霊の正体は突き止められないよ」


 険悪な雰囲気になりかけるのをヴァルトが制止した。


 寝不足で機嫌が悪いせいか、ドニはいつもより攻撃的になっている。おっとりしているように見えて実はいちばん怒りっぽいのがドニだ。今夜はこれ以上刺激するわけにはいかない。


 早いところ宿の探索を済ませてしまおう。ベッドに入りさえすればドニの機嫌もよくなる。


「――いいかい、みんな。よく聞いて。まずは宿のなかをひと通り探検してみよう。異常がなければ幽霊の出そうな場所を重点的に調べてみる。それでダメだったら仕切りなおしだ。今日のところは解散して明日また挑戦しよう」

「それで成功するのかい。当てずっぽうなだけに思えるけど」


 ジョスランは率直に感想を述べた。


「幽霊がどこにどんな目的で現れるのかわからない。できるだけ広範囲を調べて見るほか手段がないんだよ」

「ふうん。ま、ヴァルトが言うならそれでいいよ。俺が考えるよりずっと的を射てるだろうからね」

「ありがとう、ジョスラン」

「いいってことさ。シラルとドニが居眠りしないうちにかたを付けよう。夜更かしは美容の大敵だからね」


 ジョスランは軽い身のこなしでベッドから降り立った。


 ペアを組むのはいつもの様にジョスランとドニ、そしてシラルとヴァルト。半分まぶたがくっつきかかっているドニを引っ張って廊下に出ると、ジョスランは階下へと消えていった。


「おれたちは上を探そう」とヴァルト。「昔から幽霊は高いところに現れるっていうからね」

「そうなのか?」


 歩き出そうとした足をピタリと止めてシラルは聞き返した。


 廊下に光源はなく、手に持ったランプが不気味に顔の輪郭を投影している。室内にいるためフードはかぶっていないが、その表情は強ばっているように見えた。


「違ったかもね。よく覚えてないや」

「重要なことだ。しっかり思い出してくれ」

「幽霊に会えたらむしろ幸運なんだから、些細なことは忘れて早く行こう。もたもたしてるとドニたちに叱られるよ」

「ちょっと……」


 なおも食い下がろうとするシラルを後に廊下の先にある階段をのぼる。

 増改築を繰り返してきたせいで『カフカの宿』の構造は複雑に入り組んでいる。階段はまばらに散らばり、上の階へ行くには長い廊下を渡らなければならない。


 歩くたびに床板が不気味に音を立ててきしみ、ヴァルトの服の端が引っ張られる。犯人はもちろんシラルだ。よほど怯えているのか、かすかに物音がしただけでも飛び上がりそうなほど反応を示す。


 その様子がなんだか面白くヴァルトは何度かわざと足を踏み鳴らしてみた。


「――ボクを故意におどかそうとしてないか?」


 ひとしきり反応を楽しんだあと、シラルが怖い表情をして聞いた。


「そんなことないよぉ」


 知らん顔で答えるも、まったく信じていない様子だ。

 これ以上おどかすとシラルが可哀想なので、さすがにやめることにした。

 イタズラはほどほどが肝要なのだ。


「それにしても幽霊は出てこないね」


 ランプを顔の前に掲げながらヴァルトはぼやいた。

 自分で物音は立ててみたものの、肝心の幽霊が現れる気配はまったくない。ほかの居住者もみな寝静まっており、ときおり夜風が窓を震わせる以外は無音だ。


「……いない、ということで決着したらどうかな。ボクはそれで構わない」

「今まで出てこなかったからといって絶対にいないとは限らないよ。おれたちをおどかそうと隠れて機会をうかがっているのかも」

「物騒なことを言うなよ」

「幽霊ってそういうものだからね」


 そのときだった。

 不意に『カフカの宿』が震えはじめたのは。


「な、な、な、なんだ!」


 ぐらつく足元に驚いたシラルがヴァルトの服を思い切りつかむ。


 喉元がすこし息苦しく感じながらもヴァルトは冷静に状況を観察していた。まるで屋敷全体が叫ぶように揺れている。増築された壁がきしみ、不気味な音を奏でる。まさに幽霊が暴れているというにふさわしい乱れっぷりだ。


 地震だろうかと自問する。

 だが、どこか奇妙だ。うまく説明できないもののヴァルトは直感的に今の現象が自然のものではないと判断していた。


「ヴァルト!」


 気づくと揺れは何事もなかったように収まっていた。

 痕跡もなにも残っていない。幽霊が戯れにイタズラしていったみたいだ。


「すごかったね」

「のんきに感想を言ってる場合じゃない! もう幽霊がいるってことが分かっただろう! 早く部屋に――いや、今晩にでも引っ越すべきだ。こんな宿にいたらいつ呪われるか」

「落ち着いて、シラル。とりあえずドニとジョスランに合流しよう。いまの体験がおれたちだけ感じたものなのか確かめたいからね」

「それどころじゃない!」

「大きな声を出すとほかの人たちが起きてしまう。それに幽霊の仕業なら、もうとっくに呪われてるよ。この宿にどれだけ寝泊まりしたと思ってるの?」


 言い返せない反論に黙りこむ。

 ヴァルトは青ざめた顔色のシラルの手を引くと、物騒な雄叫びを上げたばかりの廊下を引き返した。建物は嘘のように静かだった。

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