19話 一階層制覇
迷宮に入るための階段に足をかけた瞬間、ドニとジョスランの持ち物が巨大化した。まるで乾燥させたキノコに水をかけたみたいに、先日ショグが落とした大剣と大盾はもとの大きさにもどったのだった。
「不思議だなあ……」
ドニはしげしげと青い大盾をながめている。
「これ、大きくなっても重さが変わらないみたい。丈夫だけど軽いからすごく使いやすいんだ」
軽さを誇示するように大盾を棒切れのように振り回してみせる。
風を切るうなりが聞こえる。どう考えても重厚な盾を旋回させているようにしか思えないのだが、持ち主が言うのだから間違いないだろう。
「俺のもだ。もしかすると普通の剣よりも軽い」
危ないのでジョスランは大剣をむやみに暴れさせることはなかった。
「どういう理屈になっているのだろうね」
「たぶん……迷宮からなんらかの力を受け取ってるのかも」
「そんなことがありえるのかい」
「わからない。とにかくわからないことが多すぎるんだ。近いうちに図書館に行って、迷宮に関する本を読みあさってみるよ。なにかヒントが隠されているかもしれないから」
「頼むよ。俺たちの頭脳はヴァルトなんだから」
ジョスランは友人の肩をたたいて励ました。
迷宮で狩りをおこなう冒険者の数は今日もかわらず多い。筋肉隆々の男たちに紛れるように一行はショグのいそうな小部屋を目指す。
地上で販売していた迷宮の地図にはいくつか初心者用の狩場が紹介されていた。難易度の低いショグがよく発生する場所なのだという。
「この間みたいに合体したらどうしようか。一目散に逃げられればいいけど、ほかの人たちを巻き込むわけにもいかないし」
真剣な表情でシラルは尋ねた。
巨大化ショグに遭遇したときはベテランの冒険者がいたから撃退できた。だが初心者ばかりが集まっている場所ではそうもいかない。
「僕らで倒せばいいよ。ジョスランが捕まらなければ、僕らでもやっつけられる」
「今度はあんな不覚はとらないさ。ドニこそ足を取られないでくれよ」
「盾があるから大丈夫。僕が攻撃を防いでいるあいだにシラルとジョスランがあいつの本体を斬るんだ。そうすればあっという間に勝てるよ」
「……ヴァルトは?」
「……後ろでほかの人たちを避難させる」
ドニは申し訳なさそうにヴァルトの横顔をぬすみ見た。
だが、特段落ち込んだような様子はない。腰につけたホルスターから、まだ使い方の不明な魔道銃を引き抜いた。ホルスターはヤウスが貸してくれた臨時の装備だった。
「ショグが巨大になったらそうするよ。でも、なるべくその前に使い方を見つけるさ」
どんなに強力な武器であっても使えないのではただの金属の塊でしかない。当面の間はドニたちに前線で戦ってもらい、その間に使い方を模索するというスタイルになるだろう。
複雑に入り組んだ迷宮の地図に記された狩場に到着する。すでに多くの初心者らしい冒険者がショグを相手に武器を振るっていた。
やはり農閑期というだけあって田舎からの出稼ぎが多いのだろう。先日の青年ふたり組を探してみたが、姿は見当たらなかった。
最初に命からがら逃げ帰るような目に遭ったとなれば簡単に迷宮に復帰できないのもうなずける。あるいはどこか別の場所でショグとの訓練を行っているのかもしれない。そうだといいな、とヴァルトは思った。
初心者はとくに装備が貧弱な傾向にある。
そのためヤウスから防具を借り、立派な武器を持っている少年たちの一行は浮くものだと思っていたが、彼らは彼らでショグの討伐に熱心であり、他人に関心を向けている暇はなさそうだ。
「これなら魔道銃を使っても大丈夫そうだね」
シラルが周囲の冒険者を観察しながら言った。
「あまり新しい技術を露出すると、へんに注目を集めてしまう。ほかの冒険者のやっかみもあるだろうし、武器を狙われることもあるだろう。だからなるべくボクらの戦いは隠すようにしよう」
「たしか迷宮でほかの冒険者が落とした持ち物は拾った人のものになるんだっけ」
ジョスランがヴァルトに確認する。
迷宮の知識に関してはシラルにも引けをとらない少年は涼しい顔でうなずいた。
「力尽きた冒険者の死体はすぐに迷宮に吸い込まれてしまう。だから探索中にだれかの装備品が残されているのは、よくあることなんだよ。それを持ち帰っても文句をいう人はいないけどね」
「でも問題の本質は違うところにある」
シラルが言葉を引き継いだ。
こと迷宮については経験がある。書物だけでは知りえない事実を知っているのは、シラルの特権だった。
「ムダラの法律は迷宮内にも効力が及ぶとはいえ、だれかに意図的に襲われたとしてもそれを証明する方法がない。ほとんど治外法権な状態なんだ」
「というと?」
「ひとりで迷宮に潜っている冒険者を殺したとしよう。死体は消えて、証拠となりそうな持ち物は犯人がすべて隠蔽できる。おまけに迷宮という特性上、目撃者がいるとは考えにくい。ここではやろうと思えば完全犯罪も可能なんだよ」
背筋の寒くなるはなしだ。
魔物の仕業を装って、冒険者が冒険者を襲撃するとは。
「それじゃあ僕らも危ないの」
「注意すべきだろう。一階層にいるような初心者ならまだしも、二階層にもぐるなら魔物だけでなく冒険者にも警戒する必要がある」
「でも、返り討ちにすればいいんだよね」
「それは、まあ、そうだけど……」
腑に落ちない表情のシラル。
冒険者同士の抗争は、懸念しておくべきとはいえ現実にはほとんど起こらない。
人間よりもよほど恐ろしい魔物と戦わなければいけないのと、討ち漏らしがあったときに厄介なのが大きな理由だ。武器や防具はお金をためれば買えるので、そこまでの危険をおかすだけの価値がないと判断されるのだという。
「人の多いところであまり目立つことをしなければ平気だよ。ショグが成長しないように祈って、さあ行こう」
緑色のスライム状の魔物は、一定のリズムで発生しているようだ。
どれだけ倒されても気づけば数が増えているので、狩り尽くされるということがない。
大広間のような空間には大勢の初心者がいて、熱心にショグを倒しまくっている。
ドニとジョスランもそれぞれの新しい装備を構え、ショグに向かっていった。
大剣を無造作に振り下ろす。
すると、ショグは魔法にかけられたみたいにあっさりと消えてしまった。あまりにあっけないので、切ったジョスランが拍子抜けししまうほどだった。
「……ずいぶん俺も強くなったものだね。これなら二階層の制覇も目前だ」
「もう一回やってみてくれる?」
「いいとも」
ふたたび大剣を振り下ろす。重量を感じさせない動きは、見事にショグを真っ二つにした。あまりにスムーズな挙動なので、まるで夢を見ているような感覚だった。
あとには黒い魔鉱石が残された。
「やはり実力みたいだね」
黒魔鉱石を拾い上げるジョスラン。いくらショグが弱いとはいえ圧倒的すぎる。
ほかの初心者パーティーを見てみると、ショグの触手に怯えていたり、本体にうまく斬りかかれなかったりと、苦労しているようだ。
ジョスランのように武器を変えただけであっさりとショグを殲滅できるわけではない。
「ちょっとドニの予備剣でやってみてよ」
ヴァルトの提案に従ってジョスランはいたって普通の剣を借り、ショグを突いた。だがスライム状の軟体をうまく貫くことができずに、触手の反撃を受けてしまう。
身軽な動きで回避すると、ジョスランはもんどこそとばかりに思い切り剣を突き立てた。
ショグが音もなく消え、また黒魔鉱石が残される。
「……剣のおかげだね、やっぱり」
「ちょっと失敗しただけさ。見ていたまえよ」
ジョスランは自信満々に次のショグを倒しにかかる。しかし、先ほどのように一撃というわけにはいかず、さんざん手間取ってからようやく本体部分を斬りすてた。
試しにふたたび身長よりも大きな剣で攻撃してみると、あっさりショグは倒された。
「…………」
「結果は一目瞭然。とんでもなく切れ味の鋭い剣だね」
「ヴァルト、俺は……」
「シラルに剣技を教わりなよ。素晴らしい武器に、ちゃんとした技術が加わればどんな魔物がきたって怖くない」
明らかに我流な剣を修正するためには先生をつけるべきだろう。
シラルの流れるような剣技はもってこいの師匠といえた。
「ドニの盾でも実験してみようか」
「うん」
もともとショグの攻撃力がかなり脆弱なのもあってドニの構えた大盾には傷ひとつ付かなかった。間隙をぬって剣で斬りつけると、ショグはまたもや黒魔鉱石にかわった。
ヴァルトは無造作に落ちている鉱石を拾い、ポケットにつっこんだ。
「完璧だね。あとはシラルだけど――」
「ボクならジョスランとドニに合わせるよ。前衛にも後衛にもなれるから。その武器ほどの威力はないけど、魔物の動きには慣れてる」
「となると、あとは」
ヴァルトだけだ。
魔道銃をとりだし、なんかいか天井に向けて引き金を絞ってみる。カチカチと音がするだけで肝心の弾丸は発射されない。やはりシラルの指摘するとおり弾丸を装填しなければいけないのだろう。しかし、そのわりには弾を込めるための機構も見当たらず、不思議な武器は未知に包まれている。
「――とりあえず、二階層に行ってみようか」
そうして少年たちはひとつ下の階層に挑むことにした。
二度目の迷宮でのことだった。




