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18話 防具屋

ムダラの迷宮を離れ「カフカの宿」に帰還する。まだ時刻は昼過ぎという頃だ。ドニだけが旺盛な食欲を発揮して、ひとり食事に出かけていった。ほかの三人は黙りこくるように部屋に閉じこもっていた。


 ヴァルトは同室のシラルと一緒に、ジョスランの部屋を訪れた。

 扉をノックすると、顔色の悪い美少年が姿をあらわした。


「――気分はどう?」

「よくわからない。たぶん、あまり良くはないね」

「気晴らしに少し飲もう」ヴァルトはそう言って、ジュースの入った容器を掲げた。「そこの露天で買ってきたんだ」

「ドニがいると、ひとりで飲み干してしまうからね」


 シラルの冗談にジョスランは頬をゆるめた。促されるままに入ると、見事に二分割された部屋が目についた。散らかっている半分がドニのスペースで、きれいに荷物のまとまっているほうがジョスランのものだとわかる。


 同じく露天で買ってきた安物のコップにジュースを注ぎ、乾杯する。酒ではないのでいくら飲んでも酔っ払う心配はない。


「迷宮は恐ろしい場所だと思うよ。想像していたよりずっと過酷で危険だ」


 ジョスランは静かに切り出した。


「あんな異常なことが毎回起こるわけじゃない。本当ならあれで全員死んでいたっておかしくないんだ。生き延びることができただけ、ずっとマシだというものだよ」


 一息にジュースを胃に流しこみ、シラルはふたたびコップを紫色の液体で満たした。


「……そうだね」

「もう行きたくない?」

「いや……そういうことじゃない」ジョスランは首を横に振って否定した。「たしかに怖かったし、死も覚悟したけど、また行くべきだって気がするんだ。たかが一階層で襲われたくらいで挫けるようじゃ母さんたちを見つけることなんてできない。父さんのためにも、迷宮で成功しなければならないんだ」

「おれもそうべきだと思うよ」


 ヴァルトは部屋に無造作に転がっている盾と剣をみやった。

 巨大ショグが落とした武器と防具は、迷宮を出ると小さくなり、普通のものよりやや小ぶりなサイズになっている。どういう理屈でそうなったのかヴァルトにはさっぱり予想がつかなかった。


 自然と剣はジョスランが、盾はドニが管理することになっていた。その割にはおざなりに扱われているが。


「幸先良く武器も手に入ったことだしね」

「たしかに迷宮では魔鉱石だけでなく、極稀に武器なども出現することがあるとは聞いていたけど――まさか一度にみっつも出てくるとはね。ヴァルトたちは迷宮に魅入られてるんじゃないか?」

「逆に迷宮のほうが俺たちのことを好きでたまらないように思えるけど」

「それでこそジョスラン!」


 ヴァルトがはやし立ててジュースを並々と注ぐ。あふれそうになった液面に口をつけ、ジョスランは笑みを浮かべた。


「――それにしても」ヴァルトの腰にある小筒に注目する。「それはどうやって使うんだろうね」

「さあ……」

「それなら、たぶん見たことがある」


 シラルは小筒を借り受けると、丹念に構造を観察した。それが過去に見たものと同一であるか確かめているようだ。


「どこで?」

「んー、迷宮でほかの冒険者が使っていたんだ。ただ、すごい珍しい武器だから滅多に出回ってるはずがないんだけど」

「もしかしてその冒険者がショグに食べられて、武器が出て来たのかも」

「ショグなんかに倒される実力じゃなかったよ」シラルは即座に応じた。「それにボクの予想が正しいなら、これはとても強力な武器だ。ショグの数匹、わけもなく蹴散らせる」

「どうやって使うのさ」


 ジョスランが前のめりになって尋ねる。シラルは円筒の先端をのぞきこんだ。


「これは一般的に魔導銃と呼ばれる武器だよ。引き金をひくと、先端から弾丸が発射されて、敵の身体にのめりこむ。遠くからでも攻撃できる優れものだ」

「さっき迷宮内で使ってみたけど、なにもなかったよ」

「弾丸が装填されていなかったんだろう。ボクの知っている型番は、魔鉱石から採れる魔力を精製した弾丸を詰めていたけれど――」

「どこにもそんなもの見当たらないね。市場で売ってるかな?」

「迷宮で得られたものだからね――どこかで特別に仕立ててもらうほかにないだろうね」


 シラルの言うように強力な武器であるならば、なんとしても迷宮で使っていきたい。


 ドニが盾を構え、ジョスランが大剣を振るい、シラルが援護し、ヴァルトが後ろから射撃するというフォーメーションは中々良さそうに思える。攻防ともに優れているし、臨機応変に戦うことができる。


「今日は予想外のことがあって大変だったけど、明日はシラルの武器や俺たちの防具一式をそろえにいこう。そうしたらまた一階層から迷宮を探索してみよう」


 ジョスランの提案は魅力的だった。

 本来ならば今日のうちに買い物へ繰り出すつもりだったのだが、巨大ショグとの戦闘で精神的に疲れきっていた。命のやりとりをした後に平然と日常生活を遅れるようなたくましさは、まだ身につけていない。


「――どうして、ショグは突然大きくなったりしたんだろう」


 ヴァルトは独り言のようにつぶやいた。


「迷宮は不思議なところだから、じゃないのかい?」

「ジョスランの言うとおりなんだけど、ショグだって無闇やたらに巨大化するわけではないと思うんだ。たぶんなにか理由があったはず」

「たとえば?」

「迷宮に女性が入るのは禁じられている。その禁忌を破ったから、とか」

「そんなことでショグが巨大化するのかい。貴族のなかには、女性でも迷宮見学に訪れる人がいるって聞いたよ」

「あてずっぽうの仮説だからね。もしかしたら本当に迷宮の気まぐれが原因だったのかもしれないし」

「あまり深く考えても、答えは出ないだろうね」シラルが口を挟んだ。「あまりに情報が少なすぎる。今日みたいなことがまた起きてから原因を追求するべきだと思うな」

「なんにせよ、これから長い付き合いになるんだから、好きにならなきゃ損というものだよ。迷宮が大好きになるよう俺も努力する」

「ジョスランはその剣を使う練習も必要だしね。四人で連携をとれるよう訓練してから、二階層に挑戦しよう」

「良い計画だね。それまでにお金が尽きなければいいけど」

「……武器代が浮いたから、なんとかなると思う。いざとなったらカリアさんを頼るという手もあるし」

「あんまり他人に依存し過ぎるのは好きじゃないな」

「それでも、命を守るための投資をケチっちゃなんにもならない。明日の買い物は奮発しよう」

「食費は?」

「抑えめで」

「それをドニに伝えるのは?」

「……ジョスラン、頼むよ」

「……やっぱり」


 暗い気分を紛らすようにジョスランはジュースを一息にあおった。外食をして満腹になったドニが帰ってくると、ヴァルトとシラルはそそくさと部屋をあとにした。


 しばらく耳をすませて隣室の様子をうかがっていたが、暴動が起きることはなかった。

 ほっと安堵のため息をつく。

 不意に、シラルと目があった。フードを外しているシラルは金髪の下に隠れた表情を笑顔にして、うなずいた。



 絶好の買い物日和というものがあるのかわからないが、とてもよく晴れ渡った空が見えた。迷宮に初挑戦した翌日のことである。巨大ショグに襲われたジョスランも、そのことを引きずることなくムダラの店を回ることに心踊らせていた。


 カフカの宿から出ると、迷宮に向かう冒険者の波とすれ違うことになる。

 冒険者用の商店がそろっているのは迷宮とは逆方向にあるので、人混みではぐれてしまわぬよう近い距離を保って歩く。


 シラルの体力を鍛えるために走りたいところだが今回は諦めることにした。人が多すぎてまともに走れないからだ。朝になるとムダラ中の冒険者が一斉に迷宮へ出勤するので、自然と混み合うのである。


「まずは防具とシラルの武器をそろえよう。ドニはどうする?」


 ヴァルトは振り返って尋ねた。

 魔道銃を使うことになる彼と、大剣を手に入れたジョスランには武器があるが、ドニに与えられたのは大盾である。攻撃ができず、防御専門になってしまうのも困り者だろう。


「んー、僕も護身用にひとつ簡単な武器を買おうかな。あんまり高くないやつでいいよ」

「どうしたの。いつもならそんな遠慮しないのに」

「だってあまり浪費すると食べ物が買えなくなるでしょ。だから無駄遣いはやめるんだ」


 決然といってのけるドニの口調は真剣そのものだ。

 ジョスランがうまくやったな、とヴァルトは思った。食べ物に関してドニは誰よりもストイックだ。美味しい物のために頑張れる人は、ドニを差し置いてほかにいない。


 こっそりと素晴らしい働きをした美少年に視線を送る。向こうも事情をわかっているようで、うなずき返した。


 小一時間ほども歩いただろうか。

 迷宮へ急ぐ冒険者の姿はめっきり少なくなり、かわりにラフな格好をした住民を多くみかけるようになる。ムダラにはたしかに冒険者が数多く住んでいるが、それと同じくらい一般人も存在しているのだ。つい忘れてしまいそうになる事実をヴァルトは改めて認識した。


 商店はそれぞれの業種ごとに集まって店を開いている。

 冒険者のための装備を取り扱っている店舗が密集している地域に足を運ぶと、想像以上の活気に賑わっていた。


 武器屋、防具屋をはじめとして、道具屋、ポーター紹介所など雑多な看板が掲げられている。剣を買うにしても十を優に超える店があり、どこから入るべきか目移りしてしまう。


「シラル、オススメは?」

「初心者でも入れる店となると――そうだな……」


 ふらりと引き寄せられるようにして入った店は一帯で最も大きい面積を有しているものだった。


 ここはどうやら量産品を安価で売っている店らしく、無骨な剣が何本もまとめて展示されている。別のコーナーには槍や斧のほかに弓矢も置かれており、幅広い種類の武器がそろっていた。

 店内はそれなりに客や店員でこみあっている。


「ボク、ここで買うよ」


 ドニは試しに何本か剣を手にとって見比べ、やや大振りなものを選択した。店員に購入したいと申し付けると、革製の鞘などもサービスしてもらえた。安価な割に良心的な店だ。


 小太りの少年が剣を選んでいる間にヴァルトとジョスランは広い店内を見学して自分の武器にどれほどの価値があるのか探ろうと試みた。とはいえ迷宮に入ると大きさの変わる武器などあるはずもなく、またヴァルトの持つ魔道銃も取り扱っていないため、失敗に終わった。


 店に金を支払い、ふとシラルがいなくなっていることに三人は気付いた。はぐれたのかと思って店外に出ると、ちょうど通りの反対側から歩いてくるところだった。


「どこへ行ってたのさ」


 ジョスランが問うと、シラルはいつの間に買ったのか新品のサーベル剣を披露した。


「これを購入していたんだ」


 過度な装飾は施されていないがどこか優雅さを感じさせる造りになっている。それなりに値が張ったものだろうとヴァルトは見当をつけた。


「いい剣を探り当てたね」

「だろう。これがいちばん手に馴染むんだ」


 サーベル剣は刀身が細いため、力任せな戦い方を好む冒険者にはあまり人気がない。適性があるのはむしろ的確に弱点をつくことのできる技術を身につけた人々――剣術の基礎を習得した者に限られる。


 そのため自然と貴族の使用する武器というイメージが先行していたが、シラルのように小柄な人にとっても扱いやすいのかもしれない。


 もちろんリーチが短いという弱点はあるが、俊敏に立ちまわることでそれをカバーできるはずだ。


「さあ、防具を探しに行こう」


 各自の武器はそろったので、今度は防具屋に移動する。


 防具と一口にいってもその種類は膨大だ。金属を使った防御重視のものから革製で機動力を優先したものまで、バリエーションは無限にあるといっていい。


 さらに武器との相性もあり、ものによっては武器に合わせた防具を作る必要があるため、武器を選ぶよりずっと難易度の高い買い物になりそうだった。


「武器のことはちゃんと説明した方がいいだろうね。迷宮でも使えるように」


 ヴァルトが懸念しているのは主に武器との相性のことだった。迷宮で巨大化する武器を使うなら、迷宮で採寸したほうがいいに決まっているのだが、なかなかそういうわけにもいかないだろう。


 さらには魔道銃という一般には流通していない特殊な武器についても説明しなくてはならない。


 オーダーメイドが基本である防具だが、それにしても特別な加工が必要になりそうだった。そして、量産品から外れるほど値段は高くなる。


 どこか腕が良く、気前も良い店はないだろうかと思案していると、シラルがおずおずと提案した。


「質は保証する――が、かなりの値段がする防具屋ならしってる。そこなら確実にボクらに最高の防具を作ってくれると思うけど……いかんせん偏屈なおじいさんが相手だから、どうなるかわからないよ」


 あまりいい心象を抱いていないのか、シラルはためらい気味に情報を提供した。


「それでもいいよ。まずは話を聞くだけ聞いてみよう」

「うん……」


 気の進まない表情のシラルについていくと、大通りから脇にそれた裏路地にある店についた。加工所と販売所がいったいになっている建物で、いくらか酸味のきいた匂いが漂っている。


 立て看板がないので一見するとそれが防具屋であることもわからない。


「よくこんなところを知ってるね」


 ヴァルトが感心していると、シラルはバツが悪そうに告白した。


「むかしお世話になったことがある。――ボクが最初になかに入って交渉してみるから、みんなは呼ぶまで外で待っていてほしいんだ。お願いできるかな」

「別に構わないよ。でも、どうして?」

「――さっきも言ったように偏屈なおじいさんだから人見知りが激しいんだ。自分が見極めた相手じゃないと防具を作ってくれない」


 シラルはどのようにして見初められたのだろうという疑問が頭をよぎったがヴァルトは余計な詮索をしなかった。


 店内に消えたシラルを待つことおよそ五分。残された三人は手持ち無沙汰に空をながめていた。そろそろ心配になってきた頃合いに中からシラルが顔をのぞかせた。


「お待たせ」

「どう?」

「とにかく会ってみるってさ。さ、気が変わらないうちに」


 三人はそそくさと、くだんの偏屈老人と対面するために入店した。



 まるでドニの部屋だ、とヴァルトの第一印象に刻まれた店内は、片付けという概念を知らないようだった。床には客をもてなす椅子がなく、代わりに採寸のための道具が無造作に散らばっている。


 腕の良い職人は道具を大事にすると聞くが、この老人はぞんざいに扱うことを美徳としているのだろう。


 壁で仕切られた向こう側には加工所があり、酸っぱい匂いの元凶となっていた。

 ヴァルトは一瞬だけ顔をしかめた。だが老人にすこしでも愛想のいいところを見せたほうがいいだろうと思い直して、精一杯に口角をあげようとつとめた。


「――お前たちがこの坊っちゃんのお友達ってわけか。たしかに青臭いガキばかりだ。坊っちゃんの足元にも及びそうにない」


 いきなり無礼な言葉を浴びせかけられ、三人は面食らってしまった。

 老人はひどく小柄で、ヴァルトたちと同じくらいの身長しかない。そのくせ顎にはたっぷりと白ひげが蓄えられており、貫禄十分に目線を合わせていた。


「ヤウスさん、あんまりそういうことは……」

「いいんだよ。これから坊っちゃんのパートナーになって迷宮に潜るとなりゃ、騎士団のひとつやふたつは付けてやりたいもんだが、それがこんなちびっこいガキじゃ心配でたまらない」

「自分だってチビじゃないか」


 不遜にもドニが指摘した。


「人は見た目じゃないわい」

「そっちが見た目で判断したくせに」

「口先だけは一人前だな。まったく最近の若いもんは年上に対する礼儀ってのがなってない」


 ヤウスと呼ばれた老人が長々と説教をはじめそうな兆候を示したので、ヴァルトは慌てて割って入った。いまはドニの態度について怒られてる場合じゃない。


「すみません。元からこういう性格なんです。――おれたち防具を作ってもらいにきたんですけど、やってもらえますか」

「金はあるのか」


 老人は見定めるようにヴァルトに視線を這わせた。子どもが大金など持っていないだろうという意図の感じられる発言だった。


「いくらかなら……」

「ワシの武器はな、ムダラ中の冒険者が土下座してほしがるような逸品だ。青臭い初心者に渡して、あっさり迷宮で死なれたんじゃ商品の評判に傷がつく。実力のないやつには渡さないぞ。そして実力のないやつは金もない」

「そのわりには仕事場が暇そうだけど」


 あくまでドニは徹底抗戦の構えをとる。

 老人の背後の仕事場からは強烈な臭いが漂ってきているものの、物音はしない。弟子をとっていないのだろうか。たいていの工場では親方と何人かの弟子があくせくと働いているものだが。


「ワシの防具に見合うだけの冒険者がすくないからだ。まったくムダラの連中ときたら粗野で下品な男ばかりだ。貧乏人が自分の身の丈に合わないものを求めてやって来やがる。金を持っているやつも成金がほとんどで、高尚な精神なんざ持ち合わせてない。そんな腑抜けどもにワシの真心込めた防具を売ってやる義理はないってもんだ」

「つまり選り好みしてるんだね」

「有り体に言えばそうなる」


 ヤウスはドニの指摘を素直に認めた。


「俺たちがどう評価されているのか気になるね」

 ジョスランが問いかけた。こちらもいくらか喧嘩腰だ。


「青臭いガキだと言っただろう。シラルの坊っちゃんの紹介でなけりゃ門前払いだ」

「ヤウスさん、あんまりその呼び方は……」

「うん? ワシにとって坊っちゃんは坊っちゃんだ。そして坊っちゃんの頼みなら聞いてやりたいとも思う――が、実力のない連中と迷宮に潜っても死ぬだけだぞ。ワシはあんたを無駄死にさせるつもりはない」

「三人とも、まだ素人かもしれないけど、気概は誰よりも優っているよ。ボクが保証する」

「ならばそれを証明することだな」


 ヤウスは鼻を鳴らした。


「ここで披露してもいいんだけどね」


 ドニが買ったばかりの剣に手を伸ばす。それを見て、ヤウスも壁にかけられていた年代物の剣をひっつかんだ。激しいにらみ合いが続く。


「ちょっと待ってふたりとも! 店の中で切り結んだりしないで!」


 シラルが間に割って入って、血気盛んな両者に剣を下ろさせる。

 とりあえず店内が血の海になることは避けられたので、ヴァルトは密かに緊張を解いた。ドニは意外とあちこちで敵を作るタイプらしい。とくに態度の大きい年長者とはいがみ合う運命にあるのだろう。


「――それで、証明というのは?」


 隙あらばドニに斬りかかろうと鼻息を荒くするヤウスに問う。


「要は実力のほどを見せてくれればいい。坊っちゃんの護衛にふさわしいかどうか、ワシがこの目で判断してやる」

「具体的にはどうするつもりですか。ドニが剣舞を披露する前に教えていただきたいのですが」

「二階層の魔物を倒せ」にべもなくヤウスは告げた。「ショグはすでに倒したのだろう。ならば次は二階層だ」

「ちょっと待ってください。そんな、昨日迷宮に入ったばかりだというのに二階層なんて無茶だ」

「できないのなら防具は作らない。坊っちゃんもそのお友達と別れて、ほかに腕のいい仲間を見つけることだな。ムダラにはいくらでも武のたつ連中が控えている。ワシが紹介してやってもいいぞ」

「いくらなんでも難易度が高すぎる。あなたは頑固だが、そんな意地の悪いことを言う人ではなかったと思ってたのに」


 シラルの言葉にヤウスはすこし黙り込んだ。そして、頬をかきながら新たな情報を口にする。


「――ワシの見立てでは、その迷宮で拾った武器があれば二階層であっても十分に攻略できるはずだ。それもひとつだけでな」

「おれたちの武器にそんな力が……」


 ヴァルトは改めて腰に差してきた魔道銃の手触りをたしかめた。

 ずっと身につけていたためにほんのりと温かくなっている。その温度は、迷宮と同じくらいに思えた。


 まだ使い方さえ知らないというのに、ヤウスの眼力によれば一個の銃だけで一階層を突破できるという。ならば三つ集まったらどうか。加えてシラルという剣士を味方につければ、二階層に挑むのも無茶でないように感じられた。


「問題はお前たちにその武器を使いこなせる心意気があるかどうかだ。経験なんてものはあとからいくらでも培える。だが心根だけはそう簡単に変わるものじゃない」

「お爺さんみたいに偏屈な性格とかね」

「お前みたいに馬鹿げた思考もだ。――迷宮の力は偉大だ。神にも等しい存在が与えた力を悪用すればどうなるか、想像するのも恐ろしい。だが、正義の心を持った冒険者に使われれば、あるいは偉業を成し遂げることも可能だろう」


 老人は目を閉じて、滔々と語った。


 ヴァルトたちよりもずっと迷宮について深い知識を持っている。書物で身につけた上辺だけの事柄でなく、ムダラという街で長らく生きてきたことで得た知識を。


「証人は坊っちゃんでいい。二階層の魔物――ガダモンを狩ってこい。条件はそれだけだ」



 ヤウス老人の店を訪れたあと、さらに諸々の日用品を買い足した。帰るときにはすでにどっぷりと日が暮れており、大荷物を抱えながら歩くのは骨が折れたが、なんとか部屋に荷物を放り込む。


 ヴァルトの頭のなかにあるのは防具屋の偏屈な老人が出した条件のことばかりだった。

 二階層の魔物ガダモンを倒すこと。


 武器はそろっているためたとえ少年たちであってもガダモンを討伐するのは可能だろうと彼は言ったが、一般的に冒険者は一階層で数ヶ月の訓練を積んでから二階層に向かうものだ。


 ショグというスライム状の魔物は迷宮でも最弱の部類であり、一階層の奥に進んでいけば比べ物にならないほど強い魔物も出てくるという。


 本来ならば徐々に強い魔物との戦闘に慣らしていき、二階層にいっても満足に戦えると判断して、ようやく先へ進むものなのだ。


「――今回はカリアさんのときと違って時間制限もないわけだし、ゆっくりショグや他の魔物を倒してからガダモンに挑戦すればいいと思う。ガダモンは二階層のなかでも強い部類に入るわけだし、せめてお互いに連携が取れるようになってからのほうがいいよ」

「ボクも賛成だ。命を守るための防具を得るために危険をおかすなんて馬鹿げてる。とにかく慎重にいこう」


 殺風景だった共有部屋を飾り付けながらヴァルトとシラルは会話していた。

 すでに外は暗くなっており、室内には頼りないランプの光だけが明かりをはなっている。


 朝になってから作業をはじめたいところだったが、なにしろ大量の荷物があるため、早めに片付けてしまわないと寝る場所すらなくなってしまう。


 そういうわけで仕方なく夜分にもかかわらず部屋の模様替えに精をだしているのだった。近隣の住民に迷惑にならないよう、物音を押さえながらではあるが。


「魔道銃の使い方がわかるといいんだけどなあ……図書館に行けば資料があるかな」

「ないだろうね。魔道銃は部外秘の武器だ。何人かには漏れているみたいだけど、一般人の目には触れないように情報統制が敷かれてる」

「どうして?」

「銃弾をはなつのに魔鉱石を使うからだよ。魔鉱石からとれるエネルギーを濃縮して、爆発させることで弾丸を発射するんだ。そして魔鉱石からエネルギーを採取する方法は極秘にされている」

「知られたくない技術を使ってるんだね」

「そういうわけ」


 シラルは不器用な手つきで壁紙を貼っていく。うまくできずにシワができている個所がいくつも見受けられる。こういう点に関してはジョスランのほうがずっと上手なのだが、いまは隣室でヴァルトたちと同様に忙しくしているため呼びつけるわけにもいかない。


 すこしくらい不格好なほうが愛着も湧くというものだろう。ヴァルトはシラルの失敗についてさほど気にしないことにした。


「シラルは本当にいろんなことを知ってるんだね。図書館の本をたくさん読んだらおれもシラルみたいに物知りになれるかな」

「ボクの知ってることなんて、本当にちっぽけなものだ。ムダラという城壁で囲まれたちっぽけな街の、ちっぽけな迷宮について他人よりいくらか詳しいというだけだよ」

「大半の冒険者は迷宮がどんなものかも知らないんだから、それだけでも立派だと思うよ」


 ヴァルトはベッドの上から大きな一枚布を引っ張りだし、窓の上に取りつけられた金具に引っ掛けていく。簡易ではあるがカーテンの代わりだ。これで強すぎる朝日に悩まされることもなくなるだろう。


「これで完成。そっちは?」

「もうすこしかかりそう。先に寝てていいよ」

「手伝うよ。シラルは寝坊助なんだから、夜更かしなんてしてたらなおさら起きられないよ」

「……そうだったな。ヴァルト、絶対に服を脱がさないでくれよ。やったら絶好だからな」

「シラルが起きればいいだけのことだよ。いちおう警告はするけど、素直に目を覚まさなかったらそのローブごとめくるからね」


 笑うヴァルトの顔を、シラルはじいっと見つめた。


「君はほんとうに悪そうな顔をするね。ヤウスの言ってた大悪人になるとすれば確実にヴァルトだと思うよ」

「ジョスランもドニもよくそう言うんだけど、自分ではさっぱりわからない。おれってそんなに悪っぽいかな」

「うん。山賊の親分と同じくらい」

「それは……落ちこむなあ」

「迷宮で出会ったら魔物と勘違いして襲いかかってしまうかもしれないね」

「そこまで酷い?」

「冗談だよ。からかわれたからやり返したくなったのさ」


 なぜか上機嫌になってシラルは壁紙を貼る作業にもどった。

 あいかわらず上出来とはいえない仕事っぷりだったが、ふたりがかりでどうにか終わらせることができた。その後シラルがすぐに毛布をかぶって眠りについたのを見て、ヴァルトは静かに笑ったのだった。

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