17話 迷宮:一階層
だいぶ長いです。ようやく迷宮に入ります。
朝食を手早く済ませ、名高いムダラの迷宮に向かう。冒険者らしい風貌の男たちが大勢同じ方角を目指して歩いているので迷うことはなさそうだ。近づくにつれ人混みは増え、鎧や武器の触れあう金属音が大きくなる。
「朝はいちばん込み合う時間帯なんだ」
誰に聞かれるでもなくシラルが説明した。
「二階層や三階層を縄張りにしている冒険者は朝に潜って夕方には出てくる。それで数日分の稼ぎになるんだ」
「俺たちも今日は見学しておしまいだから、昼過ぎには買い物に行けるだろうね。部屋を改造するのが楽しみだよ」
ジョスランが両手をこね合わせる。
部屋を共有するドニは内装に文句をつけるような性格ではないので、ジョスランの悪しき美的センスが存分に発揮されることになるだろう。どんなふうに変貌を遂げるのか楽しみでもある。
「見学にお金はかかるのかな」
ドニがつぶやく。彼の腰には非常食と称されたおやつがぎっしりと詰まった袋がいくつもさげられている。だが、夕方には半分も残っていないだろう。
ドニにとって金銭の心配はすなわち食事の心配でもある。セントロードで一食抜きになったのがよほど堪えたらしい。
「一般人の見学は無料だよ。貴族なんかは何人も護衛をつけるからお金を払うみたいだけど」
「でも、一階層ならほとんど危険はないんでしょ。どうしてそんな無駄なことをするのかな」
「そういう連中は我が身が大事だからだよ。危険なところに行ってみたいくせに、自分を危険にさらすのは嫌いなんだ」
「ふうん、変なの」
ドニは納得いかないみたいに首をひねった。
噂に聞くムダラの地下迷宮は『カフカの宿』から三十分ほどの距離にあった。走るにはちょうどいい道のりだとヴァルトは無意識に計算する。シラルを鍛えるには絶好の場所になるだろう。
巨大な建物が見えてきた。
雪を塗ったような純白の壁面がまぶしい。一見すると宮殿にも思える施設は迷宮の入り口をすっかり隠している。その隣にはこれまた大規模な倉庫があり、騎士団の隊員が厳しい目つきで警備を行っている。
ふたつの建物の間をせわしなく国の職員らしき緑色の制服を着た人々が行き来する。
建物同士をつなぐようにレールが敷かれており、その上で箱をすべらせている。魔鉱石を運搬しているのだろう。倉庫からはさらに城壁の外に向かってレールが伸びている。その先はこの国の首都に繋がっていて、運び込まれたムダラの魔鉱石から得られるエネルギーによって繁栄を誇っている。
残念ながら汽車は留守にしていて見当たらなかったが、ヴァルトは目を輝かせその光景に釘付けになった。
「――これがムダラなんだね……」
「ほんの一部だよ。ムダラの栄華なんて、いちばん明るいところだから魅力的に映るけど」
「これが表なら、さしずめ迷宮は裏ってところかな」
ジョスランが意見する。
その迷宮に入るためにはまず巨大な建物に入館しなければならない。ヴァルトは念のためにウルフィアス隊長の紹介状も持参していたが、とくになんの検査もなく入ることができた。
あっけないほど簡単だ。理由はすぐにわかった。
建物の各所に武装した騎士団が待機しており、なにか不穏な動きがあればすぐさま取り押さえるように訓練されているのだ。国内でも豪腕でほまれ高い騎士団だけに警備体制には隙がなく、ただ見学するために歩いているだけでも圧迫感を覚えた。
内部は主に入り口と出口に分割されている。入口側の警備は甘いが、出口側では迷宮で採取した魔鉱石を現金と引き換えるために何倍も厳重に監視されているようだ。
「こっちが初心者用の受付だよ」
シラルに案内されるがままついていくと、にこやかに女子職員が質問に答えている一角があった。なんの用事があるのか受付を訪れる冒険者の列は途切れることなく賑わいを見せている。
シラルはそのうちのひとりに話しかけると、初心者用の見学に参加したいという旨を告げた。実に手慣れた様子で話が進んでいく。武器の貸出はどうするかという問いに、シラルは振り返った。
「どうする?」
「念のために貸してもらおうかな」
防具の貸出はないのかと聞くと、曖昧に微笑んではぐらかされてしまった。すぐに理由はわかるという。
そこで発行された用紙を持って武器の貸出所に向かう。建物が異様に広いのは、こうした各種設備が整っているからだ。その他にも救急の医療施設や、冒険者稼業のアドバイスを受けられる相談所など、国が全面的に支援していることがうかがえる。
「武器に不慣れなら、なるべく剣を持つほうがいいでしょうね。とくに君たちのように身長が低いうちはあまり長い獲物を持つのは良くない。剣にしましょう、剣に」
「は、はい……」
やけに帯剣を勧めてくる職員に圧倒され、四人はやや刀身の短い剣を借りることにした。
鞘に収まっているので抜刀しない限りけがをすることもない。安心安全な武器なのだと、職員は力説した。
「まあ、一階層の浅い場所ですからなんだったら棒切れでもいいんですけどね、やはり剣でスッパリというのは気持ちがいいものでしてね。大事なのはまっすぐ振り下ろすことですよ。体重をかけて、剣筋を点として捉えてですね、野菜でも切るみたいに力を抜いて」
「俺、薪を割るのは得意だったよ」
「ほう、それは素晴らしいですね。いやね実は本業は刀匠なんですけど、まだ未熟なもんで親方からここで修行するように命令されましてね、こうして一日中剣を砥いでるんですよ。その剣はね、一晩かけて磨いたもので、石でも岩でもスッパリ切れますよ、ええ」
「つまりお店の回し者なんだね」
ジョスランが指摘する。職員はまったく悪びれた様子もなく肯定した。
「そういうわけです。うちの武器が気に入ったようでしたらぜひとも足を運んでください、ええ。私の紹介だといえば割引しますよ」
「どうも」
商売魂の熱い人だとヴァルトはむしろ感心した。それにしても公的な機関であるムダラの迷宮で店の宣伝をしてもいいのだろうか。その辺の寛容さがムダラの特徴なのかもしれないが。
集合場所にはヴァルトたちのほかにも二人組の冒険者がいた。どちらも田舎から出てきたばかりの青年といった風貌で、しきりにあたりを見まわしている。
農繁期を終えて出稼ぎに訪れたのだろう。
そういう人々は危険の少ない浅い階層で活動する。一攫千金を試みるというよりも日銭を稼ぐことに重きをおいているからだ。冒険者稼業はあくまで副業であり、畑を耕すのが彼らの本業なのだ。
「君たちも参加者?」
二人組のうち背の低いほうが話しかけた。
まだ引率者らしき人影はない。ヴァルトがうなずくと青年は混じりけのない笑顔を見せた。
「そうか、まだ子どもなのに偉いな。四人で迷宮に挑むんだろう」
いくらか訛った発音に懐かしさを覚える。
村にいた大人たちと同じ匂いのする人だ。彼らもヴァルトと変わらぬ想いを抱いているようだった。
「ムダラでお金持ちになるんです。夢を叶えるために」
「それはいいことだ。僕らは初めてのムダラなんだけど、故郷で家族が待っているんだ。なるべくたくさんお金を稼いで、色んな物を買って帰る。そのために来たんだ」
「お互いがんばりましょう」
「そうだね。年齢は僕らのほうが上だろうけど、迷宮に関しては同輩だ。よろしく」
握手をかわす。
マメが潰れて皮膚が硬くなっている。農作業に勤しんできた証拠だ。
「みなさんお待たせしました。えー、本日の参加者は六名ということでよろしいですね」
眼鏡をかけた職員の男が小走りで近づいてきた。手には書類を持っている。冒険者にしてはひ弱そうな体格をしているが、体長の半分はあろうかという戦斧を背負っていた。
職員であることを示す緑色の制服に、案内係と書かれた腕章をつけている。
彼はせわしなく書類をめくり、それから参加者一同の顔を確認した。
「今回は初級者コースということで、迷宮に関する基礎知識と、魔物の討伐体験をしていただきます。武器は迷宮探索後に返却、その他迷宮内で入手したものは自由に持ち帰って構いません。具体的には魔鉱石のことですね。出口で換金作業があるので、かならず手に入れた魔鉱石は提出するように注意してください。無断で持ちだそうとした場合には騎士団が拘束し、ムダラから追放される可能性があります――」
ここまでは定型文らしく早口でまくしたてる。
ドニが早くも興味を失って大あくびを披露する。眼鏡の職員は書類を一気に読みあげると、背中の斧に指をはわせた。
「万が一の場合には私に構わず入り口に突っ走ってください。こう見えても冒険者としての経歴は長いものでしてね、心配は不要です。さほど奥には行きませんのですぐ地上に戻ることができます。入り口まで行けば腕の立つ冒険者がわんさかいますから、もし私が負けたとしても身の安全は保証されます」
「……そんなことがあるんですか」
青年が顔を曇らせて尋ねる。
彼にとって大事なのは生きて帰ることだ。故郷で待っている家族に土産を持っていくためには、健康体を維持することがなにより必須になる。
「さあ、私が就任してからけが人が出たのは自分で自分を斬ってしまったという一件のみですね。それも指の先をすこしかすめた程度です」
「魔物は絶対に倒せるんですよね」
さらに念を押す。
「いままでの体験討伐率は十割です。ここで失敗するようであれば歴史に名を刻むことになりますね」
冗談で言ってるのか本気なのか、職員は表情を変えずに淡々とした口調で告げた。
それを聞いて青年は胸をなでおろした。
「えー、本日の担当のグイドと申します。なにか苦情がある場合は後ほど受付のほうに報告してください。それでは時間が惜しいのでさっそく潜りましょう」
グイドは人混みをかき分けるようにして建物の中央にある迷宮の入口に先導する。
湖のような面積の穴がぽっかりと空いていた。無数の冒険者が出入りしている光景はアリの巣を彷彿とさせた。穴の縁に立って下をのぞき込むと、奥まで階段が続いているのが見えた。
「ここが迷宮の入り口になります。出るのも入るのも自由です。段差が急なので転ばないよう注意してください。魔物と戦う前から怪我なんてしたら笑いものですよ」
足元には点々と照明が埋め込まれており、下へ行っても暗闇に惑わされることはなさそうだった。
一段一段を踏みしめて一階層に突入する。
ヴァルトの心臓はかつてないほどに高鳴っていた。剣の柄に触れるといくらか緊張が和らいだ気がした。
「……意外と暖かいんだね」
ジョスランが空気の感触を確かめるように腕を突き出す。
「迷宮の温度はほぼ一定に保たれています。地下の洞窟は一年を通して気温が安定しているためです」
グイドが振り返って説明した。
「この照明は?」
「地中にケーブルを埋め込んで魔鉱石のエネルギーを送り込んでいます。人類が踏破している階層まではほぼ全域に渡って照明が取り付けられているので、明かりが絶えることはありません」
松明やランプは必要ないということだ。
広大な迷宮のほとんどがすでに開拓済みであるとはとうてい信じられないが、長い年月をかけて開発したのだろう。その間にどれだけの犠牲を払ったのか、想像するだけで恐ろしい。
「ここが地下一階層です。出現する魔物は主に軟体で、武器で攻撃すれば簡単に倒すことができます。二階層に行くまでの腕鳴らしにはもってこいでしょう」
入口付近はかなり開発されており、ほとんど迷宮らしい面影は残されていない。
立て看板や方角を示す標識がいくつも並んでいたが、熟練の冒険者は一顧だにせずさらに深い階層へと降りていった。
「二階層に行きたい場合には正面にある大部屋を使うのが一般的です。迷宮には下の階層に行くための階段がありますが、そのすべてが一階層のように入り口のすぐばにあるわけではありません。下へ進むにつれて、階段までの距離も長くなっていきます」
途中、大きな荷物を抱えた集団とすれ違う。
半分は冒険者のようだが、もう半分は荷物持ちをさせられていた。
「彼らはポーターです。低階層へ行くほど魔物は強力になっていきますので、魔鉱石やその他の物資を運ぶ役割と、戦う役割に分業されることが多いですね」
「ポーターが襲われたらどうするんだい?」
ジョスランがポーターの持つ紅の魔鉱石に視線を奪われながら質問した。
「全力で命を守ります。契約次第ではありますが、通常ポーターは命の危険に瀕した際には荷物を放棄することが認められています。ポーターが傷つけば足手まといになるだけでなく、荷物を回収することもできなくなるのが理由です」
「生きていれば、あとから荷物をとりに戻ることもできるというわけだね」
「ええ。死して屍拾う者なし、死して屍拾う物なし、ということわざの意味するところです」
ヴァルトはムダラに到着する前にウルフィアスやカリアからもらった忠告を思い出した。
命を大切にしろ、ふたりとも異口同音にそう言った。やはり迷宮においても一番大事なのは自分の命なのだ。
「ポーターは冒険者と比べて軽視されがちですが、迷宮探索において信頼できるポーターを雇うことは非常に重要です。みなさんも低階層に辿り着いたあかつきには、どうか背中を預けられるポーターを見つけてください」
「そいつはお金がかかるんですよね」
おずおずと青年が確認する。それはそうですが、とグイドは前置きして、
「察するところあなた方はそれほど低い階層には行かれないでしょう。二階層程度ならばポーターを雇わずとも、自力で魔鉱石を収集することは十分に可能です」
「そうですか……よかった」
「ですが、資金に余裕があるようでしたらひとりでもいいので雇用するのをお勧めしますよ。余計な荷物があるのとないのとでは、戦闘の効率に雲泥の差が出ますからね」
それはヴァルトたちに向けられた言葉かもしれなかった。
迷宮の探索を続けていく上でポーターを探すことも視野に入れるべきだろう。子どもの体格で持てる物資は限られている。いっそ大人に四人分の荷物を預けたほうが、うまく戦闘に集中できて魔鉱石も手に入りやすい可能性もある。
「それを考えるのはしばらく先だよ。まずは一人前に戦えるようにならなくちゃ」
シラルがすかさず釘をさした。
「わかってるさ。これでも村で剣術の練習はしてきたんだから」ヴァルトは頬をふくらませて反論した。「シラルの方こそ体力をつけたほうがいいよ」
「……それは、おいおい」
顔を背けて離れていく。
「剣術といっても、落ちてくる木の葉を斬ってたくらいだからなあ。本当に役に立つものかどうか」
ジョスランがぼやいた。
たしかに村で教わったのは基本的な動作ばかりで、実践的なことはなにひとつ習得していない。
「そもそも誰も剣術なんて使えなかったからね」
ドニが冷静に補足する。
「――なんとかなるさ」
ヴァルトは楽観的に断定した。
薄暗い迷宮に目が慣れてくると、様々なものが見えるようになった。まず天井はかなり高く、長い得物を振り回しても大丈夫そうだ。横幅は通路によって大小さまざまで、戦闘の際には場所を選ぶべきだろう。
壁は触れてみるとほのかに温かく、想像していたよりも柔らかい材質でできていた。これならたしかにケーブルを通すことも可能だ。
「魔物が出現する場所は決まっていません。が、あまり人が多すぎると出てこないようです。魔物がいつ現れるのか、詳しい理論はいまだ確立されておらず、迷宮内ではつねに気を配る必要があります。通ったばかりの道にいきなり魔物が出現して退路を塞がれたという報告もされています」
グイドは人気のない一角で足を止めた。壁に打ち付けられた標識には「職員以外立ち入り禁止」と書かれている。
「ここは初心者の訓練用に用意された空間です。いままでの道のりは覚えていますね? もしも身に危険を感じたら逃げてくださって構いません。一時の恥など、命に比べたらまったく無価値ですから」
そう前置きし、奥に進む。
ヴァルトたちはそれぞれに緊張した面持ちであとに続いた。
すぐに広い空間に出た。訓練におあつらえ向きの、障害物がなにもない大部屋だった。
「みなさん、あそこに転がっている魔物が見えますか。一階層の魔物です。我々はショグと呼んでいます」
迷宮の岩盤をゆっくりとナメクジのように這いまわっているのがショグだった。体長は思っていたよりも大きく、ヴァルトが両手を広げたくらいは確実にあるだろう。
ショグの群れは非常にのろい動きで点在していた。数えていけばキリがない。しかし一体ごとの距離が遠いため、各個撃破するのは簡単だ。
「ここは比較的よくショグが発生することで知られています。パターンはよくわかりませんが、迷宮にはこのように魔物が湧きやすい場所が存在します。自分だけの狩場を見つけることが、成功への近道ですね」
グイドは解説し、最も近くにいたショグの隣に立った。
標的を感知したショグが液体上の身体をうねらせて襲いかかろうとする。丸みを帯びた体表から何本もの半透明の触手が伸びたのを見て、ジョスランが軽く悲鳴をあげた。
「さて、ショグの特徴ですが」鈍重な魔物には目もくれず、ヴァルトたちのほうを向きながら講義する。「このように触手で相手を取りこみ、体内で消化しようとします。もっとも、ちゃんと栄養分になっているのかは不明ですが」
胸のあたりに伸びてきた触手をひらりとかわし、グイドは背中の戦斧を片手に構えた。
ぞんざいな挙動で、透明に近い青色の触手を切断する。切り離された先端が勢いよくジョスランの足元に飛んだ。
ぎょっとした顔で触手の一部を凝視する。それは蒸発したかのように一瞬で消え去った。
「過去の偉大な冒険者は、迷宮のメカニズムを解明しようと様々な研究をしました。たとえばショグに生肉を与えるとどうなるのか、人間の死体を与えるとどのような反応を示すのか――ときには一ヶ月にわたり同じ個体を観察したこともあったそうです」
「面白そうな研究だね」
ヴァルトはグイドの邪魔にならないよう小声でシラルに話しかけた。
「……そうかな?」
複雑な表情で首をひねる。
「だって普通は魔物に餌をやってみようなんて発想は浮かんでこないよ。ショグみたいな魔物がどんな生態をしているのか、調べるのはとても重要なことだと思う」
「ボクにはよくわからないな。どうせやっつけるのに」
「畑で作物を育てるようなものだよ。自分がなにを相手にするのか知らなければ、うまく仕事を運ぶこともできない。ショグをたくさん倒したいなら、ショグのことを知るのが一番さ」
「……なるほど」
シラルはうなずいた。
「――結果としてショグに触れると強酸のために痛い思いをするというデータが得られました。ショグについてわかっているのはそれくらいです」
グイドが研究成果をしめくくった。
執拗に追いかけてくる触手をさらに数本叩き落すと、グイドはショグに正面から相対した。全身から力が抜け、いつでも反応できる構えをしている。振りかぶった戦斧はぶよぶよしたショグの胴体を真っ二つに分断し、迷宮の床に突きささった。
「それぞれの魔物は、だいたい心臓に近い場所を攻撃すると活動を停止し、消失します」
「心臓があるんですか?」
ヴァルトが即座に質問する。
「言葉のアヤです。魔物の本体とでもいいましょうか。触手をいくら斬っても致命傷にはなりませんが、中心部を突くなり斬るなりすれば簡単に倒すことができます」
「どこが本体かすぐに見分けがつくものなんですか?」
「なかには判別のつきにくいものもいますが、迷宮に現れる魔物の対処法や弱点をまとめた本を販売していますので、そちらを参照していただければわかるかと。地上に販売所がありますので、私の名前を出してもらえれば割引しますよ」
ヴァルトは地上に戻ったらかならず買おうと心に決めた。
魔物の図鑑はジョスランの親父も持っていなかった。きっとながめるだけで心が浮き立つに違いない。
「――そして、これが魔鉱石です。形や大きさにもよりますが、基本的には包含しているエネルギー量は少ない順に黒、白、黄、赤、青、紫となっています。なかには大変珍しいことに虹色の魔鉱石も極稀に発見されることがあります」
ショグの本体があった場所に、くすんだ黒色の小石が落ちている。グイドは魔鉱石を拾い上げるとポケットに入れた。
「魔鉱石は安定した物質であるため、多少乱暴に扱っても破損したり、暴発することはありません。また魔物を倒したあとには絶対に魔鉱石が残るというわけではなく、一般的には三割ほどが石を落とすとされています。魔鉱石でないものがドロップしたという話も一部にはありますが――おそらく体内に吸収された冒険者の遺品なのでしょう。武器や防具が見つかっています」
「た、食べられるのか……」
一緒に行動している青年ふたり組が顔をしかめる。
「ええ、魔物は人間を捕食することで知られています。ですが絶命した人には興味を示しませんので、なかには瀕死状態で食べられるよりも自死を選ぶ冒険者もいます」
命あるかぎり抵抗するのが懸命だと思いますがね、とグイドは付け加えた。
一匹を倒したものの、ショグはまだ無数に存在している。
目的もなく迷宮をさまよい、冒険者にであうとすぐに討伐される運命なのだ。グイドはふたり組の青年を指名すると、ショグを倒してみるよう指示した。
「大事なのはおそれないことです。挟み撃ちにしてください」
剣を持つ青年の手が震えている。
魔物と相対するなら自然な反応だ。しかし、ヴァルトは不思議と緊張がほぐれていた。むしろ迷宮の居心地がいいとさえ感じはじめていた。
魔物が徘徊していることを除けば、暖かいし、風雨にさらされることなく安定している。おまけに魔鉱石まで手に入るのだから素晴らしい。
「僕も、なんだか落ち着くなあ」
ドニが目を細めて、湿った床に触れる。
「魔物さえ除けばとてもいいところだと思うね」
ジョスランも力強く同意するが、シラルだけはその感覚を共有できていなかった。
青年たちは腰が引けつつも長剣を構える。ヴァルトたちが借りたものより大きめに作られているので、間合いも自然と遠くなる。半透明な青い触手が、亡者の手のように伸びてくるのを、必死な形相で切り払う。
剣先の触れた個所が音もなく落下した。
ほとんど斬撃の威力はなかった。ヴァルトは刀匠見習いの職員が棒切れでも倒せると言っていた理由を悟った。ショグは実に弱いのだ。これなら山にいる動物のほうがよほど強力で、厄介な相手だろう。
触手を落としたことに自信をつけ、今度はいくらか踏みこんで斬りつける。ほぼ同時に、ショグの背後から相方の青年が剣を突き立てた。
ゼリー状の身体をやすやすと貫いた剣筋は、次の瞬間には虚空に浮いていた。
生命力を失ったショグはいつのまにか消えていた。あとには何も残されておらず、夢でも見ていたのではないかと思わされる。
「――残念ながら魔鉱石は落ちていませんね。いまのでわかったでしょうが、ショグはとても倒すのが簡単な魔物です。魔鉱石を手に入れるまで、何体か同じように討伐してもらえますか」
「はい!」
元気よく返事をする青年たちの顔は明るい。
手始めに最弱とはいえ魔物を自力で倒せたことで自身をつけたのだろう。いくら他人が簡単だと説明しても、実際に自分の手で試してみるまで実感はわかないものだ。
「さて、それではあなた方の実践訓練も行ってみましょうか」
グイドは念のために戦斧を片手に持ちながら言った。
すでにヴァルトたちも剣を抜いて準備を整えている。魔物を倒すシミュレーションは先ほどの戦いで済ませていた。
「四人というのは非常に融通の利く人数です。防御、攻撃、支援など役割を分担することができるためです。まだどういった戦い方をするべきかわからないでしょうが、経験を積み重ねていくうちに最適の方法が見つかるはずです」
グイドは切れ長の目で四人を観察した。
どうすれば最も安全に戦えるのか想定しているようだ。
「――武器が剣しかないのでは、考えても仕方がないですね。四人で取り囲んで、一斉に斬りかかってください。誰かが合図をするといいでしょう」
「おれがやるよ」
ヴァルトが名乗りを上げた。無論、みなが賛成した。
標的を定めると、半透明な身体をくねらせるショグをすばやく包囲する。全員が配置についたのを確認して、ヴァルトは号令をかけた。
「せーの!」
四つの剣がショグを切り裂く。ほとんど水を切るような感触だった。ショグは反撃もままならず消失し、あとには黒い魔鉱石が落ちていた。
「なんだか、あっけなかったなあ」
ドニがぼやきながら魔鉱石を拾い上げる。光に透かしてみると、黒いぼんやりとした影が映った。初めての魔鉱石だというのに、あまりに簡単に行き過ぎたせいで肩透かしをくらった気分だった。
「記念に持って帰りたいところだけど、規則ではダメなんだろう」
ジョスランはちらりとグイドを盗み見た。
「迷宮内で入手したすべての魔鉱石は施設内で換金しなければなりません。たとえ黒石ひとつであっても、です」
「ちなみにこれはどのくらいの値段になるんだい」
「そうですね……十個も集めれば、簡単な焼き菓子が買えるでしょう。その十倍で一食分というところですか」
「ほとんどゴミ同然というわけか」
「黒魔鉱石を笑うものは、黒魔鉱石に泣くという格言があります。三千里の道も一歩からです」
「四人で割るとさらに収入は少なくなる――」
ジョスランは大きくうなだれた。夢が大金持ちになって裕福な暮らしをすることである。果てしなく長い道のりに希望を失いかけているようだった。
「手早く儲けたいからといって実力に見合わない階層に挑み、命を散らしていった冒険者の悲劇には事欠きません。どうか徐々に鍛錬を重ねていってください。そうすればきっと成功はつかめるはずです」
グイドは初めて優しい口調で諭した。
そのときだった。
部屋の中央でショグ狩りにいそしんでいるはずの青年ふたり組が、命を振り絞るような悲鳴を上げた。瞬時に視線を向ける。そこには、信じられないことに、ショグを何倍にも巨大にした魔物が屹立していた。
巨大ショグは周囲のショグを次々に吸収し、見る間に体積を増していく。
呆然とするヴァルトたちの横でグイドは素早く指示を飛ばした。
「逃げなさい! 早く!」
しかし言葉とは裏腹に青年たちは腰を抜かして床に座りこんでいる。
めざましい勢いで成長するショグはひとしきり近くにいた個体を吸収してしまうと、身体を整えるようにブルっと震えた。
まずい。
本能が告げる。
野性の勘が警鐘を鳴らしていた。いますぐ逃げるべきだ。目の前の魔物は明らかな敵意を持って、襲いかかろうとしている。
その場に釘付けになるヴァルトの横をグイドがすり抜けた。戦斧を両手に持ち、魔物の注意を引きつけようと大声で突っ込んでいく。緑色を濃くした巨大ショグは、単体とは比較にならないスピードで触手を伸ばす。矢のごとく降り注ぐ触手の群れを両断し、グイドは青年の片割れの襟首をつかんで後ろに投げた。
転びかけるところに、もうひとりも投げられる。
そのわずかな時間に触手はグイドに無数の切り傷を刻んでいた。斧を両手で構え直し、次々に放たれる触手をまとめてぶった切る。
「なにをしているのですか! 入り口に走りなさい!」
青年ふたりはどうにか立ち上がると、生まれたての小動物のように震える足取りで迷宮の入り口へと駆け出した。放り出された借り物の剣が乾いた金属音を鳴らした。
「ヴァルト、ボクたちも逃げるよ――」
いち早く我に返ったシラルが怒鳴るが、グイドのさばききれなかった触手が背後に抜け、ジョスランの足首に絡みついた。
「うわっ!」
気付いたときには宙に逆さ吊りにされていた。
足首だけをつかまれたジョスランを取り込もうと、巨大ショグの本体から何本もの触手が生える。それらは奇妙に脈打ちながら少年の身体を包み込んだ。
「この化物め! ジョスランから離れろ!」
ドニが血相を変え、ショグの変異体に斬りかかる。力任せに振るわれた剣撃は触手の一部を切断したが、ジョスランを解放するには至らなかった。床に落ちたショグの残骸は最後のあがきを見せるかのように痙攣し、唐突に消えていった。
「なにをしているのですか! 早く逃げなさい!」
「ジョスランが捕まってるんだよ! 助けなきゃ!」
「まずは自分の命を優先させなさい!」
「いやだ!」
グイドはドニを追い返そうとするが、その余裕を巨大ショグは与えてくれなかった。
次々に迷宮から湧き出てくるショグの個体を我が物として、傷ついた個所を癒やし、さらに巨大化する。迷宮の壁から、床から、天井からショグが滲み出るように発生するのをヴァルトは目撃した。
これではいくら倒してもキリがない。
ショグに拘束され、空中でもがいていたジョスランの動きが止まった。
緑色の液体状の触手に全身を覆われている。抜けだそうともがくほど四肢が深くのめりこんでいく。
「まずい……!」
危機的状況を察知したシラルがなめらかな挙動で巨大ショグに斬りかかる。ドニよりもずっと洗練された美しい剣筋だ。ヴァルトもようやく意識を正常に戻し、剣の柄を握った。
「ヴァルトは応援を!」
シラルが叫ぶが、無視してジョスランを引き寄せようとする触手に剣を突き立てる。剣にまとわりつくような感触がした。
「もう行ってる! ここは加勢したほうがいい」
青年ふたり組はそろそろ誰か冒険者に出会えただろうか。
走っていけば数分もかからない距離だ。迷うような分岐もない。本職の冒険者がこぞって応援に駆けつければ、巨大ショグであろうと駆逐できる。
それまで時間を稼ぎ、ジョスランを救出する。
ヴァルトは脳内で素早く計画を立てた。
「みんな、よく聞いて!」
迫りくる触手を間一髪のところで避けながら叫ぶ。
気のせいか、シラルやグイドに攻撃する触手よりも動きが遅い。戦力になる相手を見極め、効率的に戦おうとしているのだろうか。単細胞だと思っていたショグだが、いまは知能を有していると考えるべきだ。
「グイドさんは本体に、ドニとシラルとおれはジョスランを助けだすことに集中するんだ!」
人間が呼吸しなくとも生存できる時間はおよそ三分。だが、ショグに消化されようとしている以上、一刻も早く助けださなければジョスランの命が危ない。
「うおおお!」
グイドはもう逃げろとは言わなかった。
ヴァルトの指示通りショグの脇腹に重たい一撃を放つ。本体を攻撃されるとさすがにダメージを負うらしく、ショグは一瞬触手の動きをとめた。
その隙を見逃さずいっせいに斬りかかる。ドニとヴァルトの剣は幹のような触手の途中で阻まれたが、シラルの無駄のない振り下ろしは緑色に拍動する根本を見事に切断した。
支えを失ったゲル状の塊がドニの頭上に落下する。
飛び退いて回避。触手がうまくクッションになり、衝撃からジョスランを守った。そして本体から分離した触手は大きく痙攣し、魔法のように消えてなくなった。
「ジョスラン!」
助けたばかりの友人に気を取られた一瞬だった。
ショグの追撃に反応するのが遅れた。ヴァルトの心臓に一直線に触手が伸びようとしていた。わずかな時間が永遠のように引き伸ばされ、死を覚悟する。
だが、触手が皮膚に当たろうかという直前にグイドの斧が割って入った。
転がるようにしてヴァルトへの攻撃を断ち切る。だが、姿勢を崩した代償に、グイドの左足を新たな触手が貫通した。
「ぐ……」
顔を歪め、斧の柄で貫通しているショグを叩きつける。ちぎれた触手は消えたが、血潮があふれ出る。
このメンバーの肝はグイドだ。
彼が負傷した時点で戦力は半分以下になった。
ほとんど偶然ともいえる戦いぶりでジョスランを救出に成功したが、グイドをかばって戦えるほどの余裕はない。そこから導き出される結論はひとつ。ヴァルトが口にするまでもなく、全員が直感的に答えを出していた。
「早く行きなさい!」
グイド自身がもっとも痛感しているはずだ。
この場での正解が、負傷者のグイドを置いて逃げることだと。彼が時間を稼いでいる間にほかの冒険者と合流し、応援を要請することこそが間違いのない正答であり、唯一の解決法に思えた。
だが、そうなれば、グイドは確実に命を落とす。
迷宮で冒険者が死ぬのは珍しいことではない。
ましてや初心者を守るべき職務に当たっているからには、化物に背を向けて逃亡するわけにもいかないのだ。
頭では十分に理解している。
しかしヴァルトは逃げようとしなかった。ふたたび剣を強く握り直し、ショグの本体に正面から相対する。
「なにを……」
「ちょっとその斧借りるね」
ドニが図々しくもグイドの手から戦斧をひったくり上段に構える。筋力的には問題なく扱えるようだ。
ジョスランに近づこうとする触手の群れはシラルがなんとかしのいでいる。剣の技量でいえば一流の冒険者にも劣らない。どこかで訓練を積んだのだろう。
「命がなにより大事だって教えてくれたのはグイドさんのほうだよ」
ヴァルトは大きく息を吸い、ショグの本体を見上げた。軽く身長の倍はあるだろう。身体の表面から無数に突起を生やしている様子は、まさに化物と呼ぶに相応しいおぞましさだった。
「だから、逃げない」
「ヴァルトはいいこと言うね。さすがだよ」
「ドニこそ他人の武器を奪うなんて、さすがだね」
「こっちのほうが確実にやっつけられるからね」
ニヤリと笑う。考えていることは同じだ。
迷宮において命よりも大事なものはない。だとしたら、動けないグイドを見殺しにして自分だけ助かろうなんて間違っている。真正面から戦うことでわずかでも生き延びる確率が増えるなら、迷いなくそうすべきなのだ。
一瞬にも満たない間にドニとの意思疎通はできていた。
やることは決まっている。――すなわち、目の前の巨大ショグに致命傷を与えること。
「いくら触手を斬っても無意味なら、本体を狙うしかない」
シラルとジョスランを集中的に狙っていたショグも、ようやくヴァルトたちの意図を察したようだった。変幻自在に触手のおうとつを曲げ、攻撃を阻もうとする。
「させない!」
シラルが鋭く一閃する。
切り捨てられた触手は勢いを失い、地面に力なく伏した。
ショグに渾身の一撃を加えるためには十分な時間稼ぎだ。ありがとう、と内心シラルに感謝する。
ヴァルトの眼前を戦斧が唸りを上げて切断した。
緑色の液体がパックリと割れ内部の蠢きがあらわになる。ヴァルトは踏み込むと、ありったけの力を込めてショグの内部に剣先を突き刺した。
体重の乗った刺突は悠々とショグを貫くにいたった。一晩かけて研鑽したという切れ味は本物だ。帰ったらあの職員にお礼を言っておこう。
ショグは断末魔の悲鳴をあげる代わりに、苦しげに身悶えし、バケツに入った水をぶち撒けるように四散した。体液が頭上に降り注ぐが、生命力を喪失した魔物の残骸はすぐに蒸発する。気がついたときには何事もなかったように静寂が満ちていた。
「……やったんだね、僕たち」
ドニが満足気に座りこむ。部屋中にはびこっていたショグの群れは打ち止めになっていた。
咳き込む声がして振り向くと、ジョスランが意識を取り戻し、夢から覚めたばかりというような顔で見つめ返していた。そばでジョスランを守って戦ったシラルが安堵のため息を漏らす。
「まったく――インストラクターが聞いてあきれますね。新米冒険者を守るどころか、命を救ってもらうなんて」
グイドは苦笑しながらぼやいた。
携帯していた軟膏と包帯で手早く止血を済ませる。これでひとまず出血の心配はなくなった。
「グイドさんの援護がなかったら最初で全滅していましたよ」
「やれやれ、挙句の果てに気遣いの言葉までもらってしまうとは。私もそろそろ引退すべきですかね」
負傷した左脚をかばいつつ、ドニの肩を借りて片足で立ち上がる。
「君たちは大丈夫ですか。ショグの体液は酸性ですから、やけどのように皮膚が痛むでしょう」
「それが不思議なことに痛くも痒くもない」ジョスランは恐るおそる自分の頬に触れた。「息ができなくて、それで苦しかっただけなんだ――ちっとも痛くはないよ」
「……変異個体ですから、性質も変わっていたのかもしれませんね。どちらにせよ奇妙な事件ですが」
部屋の出口からざわめきと足音が聞こえてきた。
救援の冒険者たちが駆けつけたのだろう。これで完全に助かった。
ヴァルトは安堵して視線を下ろすと、それまで巨大ショグが猛威を振るっていた場所に見慣れないものが落ちているのを見つけた。近づき、手にとってみると、間違いなく武器だった。
ひとつは、大剣。ヴァルトが借りているものとは比較にならないほど大きい。柄には複雑な文様が刻まれており、重厚な装いになっている。
ひとつは、大盾。こちらもヴァルトをすっぽりと隠してしまえそうなほどの盾だった。だが、持ってみると意外と軽い。ためしに表面を叩いてみる。乾いた音がするばかりで強度のほどはわからない。
そして最後のひとつは、他のものに比べるとずっと小ぶりなものだった。小型の筒に、握るための柄がついている。ヴァルトはなぜか、それが自分のものであることを確信していた。同時に使途不明の小型の筒が、武器であることも理解した。
自然と引き金の位置に指がかかる。
――なにも起きない。
ヴァルトは首をひねって、その武器をズボンのベルトに挟み込んだ。
救援の冒険者がなだれ込んでくる。すでに魔物がいないことに落胆した様子だったが、グイドが負傷しているのを見てとると、すぐさま地上にある医療室へと運びこむ。
何人もの職員が遅れてやってきてヴァルトたちの体調を尋ねたが、とくに問題がないことを知ると、すぐに現場検証にうつった。
「迷宮ではまだわかっていないことが多数ある。未知の領域なんだ」
説明され、なかば強制的に追い出される。
幸いなことにジョスランにも怪我はなく、巨大ショグが落とした大剣を背負って迷宮の出口へつながる階段をのぼる。
「――あ!」
迷宮から離れたとたんにジョスランが持っていた大剣とドニの大盾は、一般的なサイズに縮小した。まるで自分の意志を有しているかのように。
「……今日はいろいろと奇妙なことだらけだ」
シラルが疲れた様子でつぶやく。
四人は初めての戦利品である黒魔鉱石を換金し、武器を返却して迷宮をあとにした。外は眩しいくらいに太陽が輝いていた。




