15話 迷宮の街
「困ったらいつでもオレのところへ来るといい。飯と寝床くらいはいつでも用意してやれるだろうよ。オススメはしねえが迷宮に潜るってんなら生きる術を教えてやることもできる。子どもだけでムダラで生活するのはかなり苦労するぞ」
カリアは小さな探偵たちと握手を交わし、そう言った。
事件が解決してから二日が経過していた。黒眼鏡の娘レイラは最初こそムダラに戻ることを拒んでいたが、母親のアンナの説得にあってしぶしぶ了承した。アンナが小康状態になるのを待ってセントロードから迷宮の街へと引っ越す手はずになっている。
ムダラに新たな住居を構え、まったく別の人生を歩みはじめるのだという。
今回のことでかなりの金貨を使ってしまったため贅沢はできないが、冒険者ならば迷宮で稼げばいいとカリアは笑った。低い階層ならば生活に困らない金を確実に得られるだけの実力があるのだ。
一方のヴァルトたちは当初の目的地であるムダラへ一足先に向かうことにした。セントロードに留まっている理由もないし、なにより迷宮に入ってみたいという好奇心が強かった。
国中の男たちが成功を夢見て集まるムダラという街は、どんなところなのだろう。
魔物がわき、見返り神秘の力を生み出す魔鉱石を残すという迷宮はどんな様子なのだろう。
興味はつきることなく少年たちを刺激した。早くムダラに行ってみたいと心がはやる。
「それと、こいつは成功報酬だ。生活費に当てるなり武器を買うなり、好きに使うといい。なんにせよ最初のうちは金がかかるもんだからな」
ヴァルトは金貨の入った袋を受け取ろうとして、驚いた。想像以上にたくさんの硬貨が詰めこまれている。当分の生活には困らない額だ。
「いいんですか、こんなに」
「ガキが遠慮するんじゃねえよ。こいつはオレの人生を変えてくれた礼だ」
「……ありがとうございます。大切に使います」
「おうよ。次に会うときまで死ぬんじゃねえぞ。とにかく命を大切にしろ。生きてりゃ金なんざいくらでも稼げるんだ。迷宮で死ぬやつは必ず欲を出して引き際を見誤る。敵わないと思ったやつからはとにかくなりふり構わず逃げろよ」
最後に生きるための術を忠告して、カリアは笑った。
はじめて出会ったときとはまるで違う本心からの笑顔だった。
大きく手を振って別れを惜しむカリアを残し、四人は馬車に乗り込んだ。セントロードの南門が見えなくなってから、ようやく席につく。
「ムダラに着いたらまずは宿を探そう。四人でしばらく泊まれるところがいい。なるべくなら部屋も別々にしたいところだけど――あまり贅沢を言える立場ではないね」
迷宮の街に詳しいシラルが計画を立てる。
「それから迷宮の見学をしよう。一階層の入口付近なら、初心者でも安全に迷宮の案内をしてくれる場所があるからね。すこしお金は払うことになるけれど初期投資を惜しんでちゃ迷宮で成功なんてできない」
「武器はどうするんだい。迷宮に行くなら剣や鎧もそろえなくてはならないだろう」
ジョスランは馬車に揺られながら聞いた。
セントロードとムダラを結ぶ道はかなり整備されていて、快適な旅路を過ごすことができる。相乗りしているほかの乗客はみな夜遊びで疲れたのか寝息を立てている。元気なのは昨夜もぐっすりと眠った少年たちだけだった。
「そうだね――カリアにもらったお金があれば四人分の安い防具は揃えられるだろうけど、まだ本格的に迷宮にもぐるわけではないし、後回しでいいと思う」
「ねえねえ、おやつは? ムダラに美味しい食事のあるお店はあるの?」
「しばらくは自炊かな。店で買うと高くなるからね」
「えー、僕ら料理なんてできないよ」
ドニが不満げに眉をしかめる。セントロードでたらふく食べたせいでまた一段と身体が大きくなったようだった。
「ボクだってできないさ。ヴァルトは?」
「おれも自信ないなあ。誰かに教えてもらえればいいんだけど」
ジョスランの父親は料理本の収集はしていなかったので、知識をつける機会がなかった。とはいえレシピだけ知っていても料理は作れない。実践を積み重ねるほかないだろう。
「要検討だね。――しばらくは外食かなあ」
「やった! さすがシラル!」
ドニが小躍りして喜びを表すと、馬車が揺れた。
車体を引く馬がいなないた。
「そういえばみんなはどんな武器が使えるの」
シラルの質問に、村出身の三人組は顔を見合わせた。
「まさか何もできないとか」
「鍬とか鋤なら上手に使えるんだけどなあ」
ぼやくドニを見つつ、シラルは盛大に溜息をついた。
「それも練習が必要だね。しばらく迷宮に潜るのは先延ばしになりそうだ」
「えー」
「死ぬよりずっといいだろう。死んだら美味しいものも食べられないんだから」
「それは困るなあ……」
「けど、シラルも身体を鍛えた方がいいと思うね。腕も足も細いし、体力もないんだから」
ジョスランはシラルのすらりとした体型を指摘した。大きめのローブで隠されているがその下は華奢な体躯であることをジョスランは知っていた。
カリアのような筋肉隆々の大男を目指せとは言えないがせめて三人と同等の身体能力になることは大事だろう。迷宮では四人の連携が大事になってくるので、互いに違いがすくないほうがやりやすい。
「――頑張るよ」
灰色のフードをかぶるシラルは硬い仕草でうなずいた。
まだ昼前であるためかすれ違う馬車の数は少なかった。これが夕方に近くなるにつれ渋滞するほどの混雑になる。途中で一度、小休憩をはさみ、馬車は順調にムダラをかこむ城壁の近くまでやって来た。
山脈のように連なる城壁はムダラをぐるりと取りまくように建設されている。街に出入りするためには東西南北にある門を利用しなければならず、それも日の入りから数時間ほどで閉じられてしまうので、牢獄と形容されることもある。
門の入口まで来ると馬車は止まった。客車の扉を開きながら御者が告げる。
「検問があるんで身分証明のある人は用意してくだせえ。ない人は番兵さんに申告してくだせえ」
それまで眠っていた冒険者ふうの男のなかには正式に発行された身分証明書を持っている者もいたが、少年たちは困惑していた。
「ねえシラル、どうすればいいんだい」
「――ボクが知っている限りムダラに検問なんてなかったはずだ。つい最近になってできたんだろう」
意外にもシラルの声は強ばっていた。
なにか使えるものがないかと思案していると、ヴァルトはあることを思い出した。
騎士団第二部隊の隊長であるウルフィアスが紹介状を持たせてくれていたのだ。セントロードの一件ですっかり忘れていたが、ムダラの治安を収める責任者の口添えがあれば問題なく検問を通れるだろう。
荷物を探ると、目的のものはすぐに見つかった。
「それは?」
シラルがヴァルトの手元をのぞきこんで聞いた。
「ウルフィアス隊長の紹介状だよ。シラルも覚えてるだろう」
「――いつ、そんなものを」
「よほど眠たかったんだね。せっかくウルフィアス隊長がくれたっていうのに」
あのときのシラルはほとんど一睡もしていなかった。山賊に殺されるのではないかという緊張から解放された瞬間、眠ってしまったのだろう。
「とにかくこれがあればムダラに入れるよ。心配いらないさ」
「そうだな……」
「でも、悪用したら首をはねに来るとも言ってたから気をつけようね」
ヴァルトの脅しにシラルの顔面が蒼白になった。やはりムダラにいた者にとってウルフィアスは悪魔のごとく恐ろしい存在であるらしい。
馬車を降り、番兵たちの検問を受ける。
なにか質問されるよりも早くヴァルトがウルフィアスの紹介状を見せると、直立不動になって番兵は敬礼した。
「まるで魔法の紙だね」
ジョスランの意見はもっともだった。
荷物を検められることも、名前を確認されることさえなく検問所を素通りする。元々あまり厳しくない検問らしく周囲の冒険者もほとんど儀礼的な質疑を受けるだけで、ろくに質問もされていなかった。
「なんだったんだろうね」
ドニが後ろを振り返りながら首をひねった。
ムダラは誰であっても歓迎するという方針で、たとえならず者であっても街に入ることができる。そんな荒くれ者ばかりが集まれば治安が悪くなりそうなものだが、ウルフィアスをはじめとする騎士団がにらみを効かせているため表面上は穏やかな時間が流れている。
とくに暴力沙汰はご法度で、たとえ酒に酔って殴り合いをしただけでも騎士団の制裁に合うのだという。
それがどのようなものなのかヴァルトは詳しく知らないが、迷宮の十階層と同じくらい恐れられているらしい。ちなみにムダラの迷宮は全部で十階層まであるとされており、七階層までは踏破されている。伝承によれば最深部には絶世の美女が住んでいるのだという。
「犯罪者でも取り締まってるのかな。ま、俺たちには関係のないことさ」
ジョスランが呑気に決めつけた。
ムダラはセントロードよりもはるかに大きな街だ。セントロードは歓楽街であり、ムダラの一角にすぎないとヴァルトは思った。
地図上で比較するとゆうに三十倍は広いだろう。迷宮に近いほど貧乏な冒険者の住まう建物が多くなり、遠ざかると富裕層の人々が暮らす区画になる。
これには迷宮が発見された当時の事情が大きく関わっている。当初、迷宮というものは魔物が湧くだけの地下洞窟と思われていたのだが、魔物が落とす魔鉱石に絶大な価値があることがわかると命知らずの男たちがこぞって集まったのだった。
人がいるところに街は作られる。
そうして人口が増えはじめたムダラをやがて国家が管理するようになり、巨大な城壁が建設された。人々はその内側に住まうことを許され、冒険者は魔鉱石を提供するかわりに金を受け取るという仕組みができあがったのである。
しかし迷宮が得体のしれないものである以上、いつか魔物が地上にあふれ出てくるのではないかという懐疑心も根強く残っている。その象徴がムダラの城壁であり、これは外敵からの侵入を防ぐのと同時に内側に魔物を閉じ込めておくための檻でもあった。
「北側に迷宮があって、その周辺には冒険者用の安い宿がたくさんあるね」
ヴァルトと交互にムダラの歴史を説明してから、シラルは言った。
ドニとジョスランも村で本を読んでいるはずなのだが、ヴァルトほど頭に残っていないらしい。一度読んだことを忘れてしまうのはなぜだろう、とヴァルトは不思議に思った。
「まずはそちらに行こう。それから迷宮を見学してみよう。これからおれたちの主戦場になるんだからね」
ヴァルトが決断し、三人は従った。
ムダラの道は縦横無尽に走っている。主要な通りには名前が付けられており、馬に乗って移動する人も大勢見受けられた。なにせ広い街であるので、端から端まで移動するだけでかなりの時間を要するのだ。
「お金持ちはみんな馬に乗るか、馬車を使うかだよ。貧乏な冒険者は身体を鍛えるのもかねて走ったりするね」
シラルはなんの気なしに解説してから、あ、と口をおさえた。
ヴァルトとジョスランが黒い笑みを浮かべていた。特にヴァルトは悪人顔で、思わず逃げ出したくなった。
「さて――走ろうかな。最近は運動不足で身体が鈍ってるんだよね」
「運動は心地よいものだよ。おまけに美容にもいいのだから一石二鳥だ」
ドニはまだ胃袋に余裕があるのか、とくに反論しなかった。うなだれるシラルの背中をヴァルトが嬉しそうに押した。
――冒険者が愛用する安い宿が密集する地区に到着した頃にはすでに夕日が差しこんでいた。
シラルは死にそうな顔で水を飲んでいる。ドニは無心で非常食にかぶりついている。さすがにヴァルトとジョスランも疲れていたが、よく整備された平坦な道を走るのは下草の茂る山の斜面を駆けるよりずっと楽だった。
「思ったよりも距離があったね。さすがはムダラ、迷宮の街だ」
ジョスランは額に浮かぶ汗をぬぐった。
「さてと、四人で泊まれそうな宿を探さなくちゃ。手分けして片端から聞いてまわろう。一時間後にここに集合ということで」
「了解」
とはいえ元気なのはジョスランとヴァルトだけだったので、ほとんどふたりが無数に存在する宿屋に値段や空き部屋を尋ねてまわることになった。
迷宮周辺の宿屋はいままで利用してきたものとは仕組みがいくらか異なっている。
まず、冒険者はムダラに長期滞在するのが前提となるため、数ヶ月分の前金を支払わされる。契約の途中で死亡した際の迷惑料という名目だ。非情なようにも思えるがことさら駆け出しの冒険者の多い地区では、部屋の借り主がふっといなくなってしまうことがよくあるため必要な措置なのだった。
宿に残された冒険者の遺品は遺族が引き取りにくるかもしれないので一ヶ月ほどは保管される。それを過ぎると市場に安価で売りさばかれる。
死んだ冒険者の持ち物は、死霊が伝染るといわれ敬遠される。買うのは主に金に困窮した人々だ。安価な商品を買って暮らすほかに生きるすべがないので、死霊などに構っていられないのである。
その他のサービスは宿の値段によって決まる。
高いところであれば三食風呂付きで、毎日部屋を掃除される上に、ムダラの街中を馬車で送迎してもらえる。反対に安価であればあるほど店が提供するものは部屋のみになっていく。
どこで妥協するかは冒険者次第だ。
とにかく金を貯めるために安宿を使い続ける者もいれば、多少無理をしてでも高級な場所に泊まる者もいる。
贅沢はできるうちにしておけ、とはムダラに伝わる格言である。
迷宮での死亡率の高さが生みだした経験則だった。
赤い夕暮れがすっかり城壁の向こうへ沈んでしまい、夜の闇がおりてきた。セントロードほど輝かしいわけではないがムダラの夜も魔鉱石の光に彩られていた。
まばらに設置された街灯が並びいる宿屋と冒険者を照らしている。街の中央へ目を向ければ、小高い丘は光の絵画のように美しかった。そこには富める人々が住んでおり、ムダラでの成功を噛みしめているはずだ。
「どこもいっぱいで泊まれそうなところは見つからなかった。ジョスランは?」
「こちらもだよ。子どもはお断りだとも言われたね。失礼な話だ」
少年たちは再集合し、候補になりそうな宿屋がないことを報告しあった。
「ひとりずつならいくらでも空いてるみたいなんだけど」
ヴァルトが躊躇いがちに提案する。
できることなら四人でまとまっていたほうが安全だ。
ムダラの治安は騎士団が守っている。とはいえ事件にならない小さないさかいから自衛するためには、数で対抗するしかない。腕力では大人に勝てないのだ。
「それは避けたほうが懸命だろうね。数日だけならともかく、長く泊まるならなおさら」
予想通りシラルは反対した。
ときおり足をさすっているものの、呼吸は整っている。明日は筋肉痛だろう。
「迷宮に行く打ち合わせをするにも、食事に出るにも、四人で行動するにはなるべく近くにいた方がいい。ボクらはムダラの初心者なんだから。安全には注意しないと」
「それはそのとおりなんだけどなあ……」
「あのさ、僕ひとつだけ空いてるところ見つけたよ」
不意に発言したので三人はドニの肩をつかんで揺さぶった。
「どうしてそれをすぐに言わないんだ。もう暗いし、さっそく行こう」
「うん、それはいいんだけど――」ドニは困ったようにヴァルトの顔を見返した。「ちょっと変わった人のお店なんだ」




