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11話 報告

 四人がそれぞれに萎びた野菜のように疲れた表情で宿へ戻ってきたのは、予定した夕刻をいくらか過ぎてからだった。すでに夕日はセントロードのはるか西で地平線に沈み、代わりに夜の街の光が灯されようとしている。夜が更けるほど人々が賑やかになっていくのがセントロードという街だった。


 四人の少年たちはお互いが無事であったことを確認するとカリアとの待ち合わせ場所である食事処に向かった。


 依頼主は到着してすぐに現れた。

 冒険者らしいガタイの良さを存分に見せつけるように革のジャケットを着ている。腰には愛用の剣が鞘に収められ、ふたたび迷宮で使われるときを静かに待っていた。


 カリアはヴァルトたちの姿を認めると片手を上げ、強面な表情を崩して笑いかけた。


「よう、小さな探偵団。なにか手がかりはつかめたか」


 おそらくカリアはカリアで日中の調査に出向いていたのだろう。凝り固まった肩の筋肉をほぐすために大きく腕を回し、そのままドニの頭を乱暴になでた。


「その件ですが――」


 ぐうう、とヴァルトがさっそく報告に移ろうとしたところをドニの腹の虫が妨害した。


「……おなか空いたなあ」

「わかったよ、今日のぶんの報酬だ。好きなだけ食べるといい」


 カリアが苦笑しながら店に入る。ヴァルトたちも遠慮なくあとに続いた。


 昨晩と同じように黒眼鏡をかけた女給にひと通りの注文をすると、一心不乱に食べ物にありつく小さな探偵たちの様子をカリアは頬杖をつきながら眺めた。やはり一杯のぶどう酒をちびちびと飲みながら、味付けの濃いつまみを少しばかりかじる依頼人を見て、ヴァルトは疑問を口にした。


「食べないんですか?」

「あまり食欲がなくてな。心配されるほどじゃねえが、飯が億劫に感じるんだ」

「それじゃ何のために生きてるのかわからないよ」ドニが憐憫の言葉をかける。「食べるのが楽しくないなんて」

「お前たちを見てるだけで腹も膨れるってもんだ。さっさと平らげてオレの食欲を回復させるような素敵な報告を聞かせてくれよ」


 冗談っぽく言ってカリアは大盛りの料理にありつく少年たちを急かした。


 食後のデザートまであっという間に完食してしまうと、ようやく仕事の話ができる雰囲気になった。食事中にカリアと喋っていると自分の分けまえがなくなってしまうので、四人とも鬼気迫る表情で手と口を動かしていたのだ。


 考えてみれば朝食を抜きにして、昼を軽く済ませたのだから夜にそのぶんのツケが回ってくるのは当然だ。おまけに一日中セントロードの街をくまなく調べたことで、空腹度はさらに増していた。

 よく運動をした日にはよく腹が空く。少年たちの常識だ。


「……残念ながらカリアさんの家族に直結するような情報は得られませんでした」


 ヴァルトは結論から述べた。そうか、と相槌を打つカリアの表情にほんのわずかだが陰りが浮かんだ。


「まあいい、期限は三日ある。それまでに結果を出してくれれば文句はつけんさ」


 コップを傾けてわずかに残ったぶどう酒を流し込む。

 もう話は終わりという合図だ。カリアが腰を上げる前に、ヴァルトは今日の時点でわかっていることを伝えることにした。


「四人で、セントロードの住民に片端から灰色の瞳をした人のことを尋ねてみました」

「誰も知っていると答えたヤツはいなかっただろう」


 カリアは先回りして正解をのべた。


「そのくらいならオレもやった。うんざりするくらいな」

「レイラさんとアンナさんがセントロードに本当に留まっているのなら、これは不自然です。そこに鍵が隠されているかもしれない」


 思いがけない発言に眉をひそめて、カリアは前がかりに聞いた。


「この街の住民は金以外に興味がないだけかと思っていたが、ほかに理由があるってのか」

「灰色の瞳を持った人がどんな風に扱われているのか、今日まで知らなかったんだ。教えてもらってやっと気付いたよ。――瞳の色を隠そうとするのに十分な根拠がある。そして、そんな人がいれば絶対に忘れるはずないんだ。いくら興味がなくったって、尋ねられたら思い出すからね」


 ジョスランがヴァルトの推理を引き継いだ。

 至極もっともだと、カリアは大きく頷いてみせる。


「で、そこから何が求められるんだ」

「ふたりはほとんど完璧に隠蔽されているってこと。すくなくとも瞳の色がうかつに知られるようなところにはいない。なにか事情があってそうしているのか、自らすすんで隠れているのかわからないけど、人目に付くようなところばかり探しても無駄だろうね。視点をすっかり変えるか、あるいは街のもっと奥底にまで踏み込んでみるか――」


 ジョスランの頭に昼間の怪しげな占い師の言葉がよぎった。探しものは案外近くにある。


「――足元を探ってみるかだね」

「足元……ムダラの生活拠点はこまめに移動するようにしてるんだがな。色々な場所にいたほうが情報も集まりやすいだろうと思って。行きつけの店もここぐらいのもんだ。あとはお前たちの泊まっている宿を利用していた時間も長かった。心当たりがあるのはそのくらいか」

「ジョスラン、あのお婆さんはインチキだよ。信用しちゃいけない!」


 ドニが主張するものの、事情を知らないカリアは呆気にとられた表情をした。


「僕はどこか遠くにいると思う。占いなんて信じない方がいいよ」

「行き詰まったときには他人の意見を参考にするのも有力な方法だ。たとえそれが胡散臭い占い屋の婆さんでもな」


 いままで考えたことのなかった推理を披露されカリアは上機嫌に見えた。とはいえ、ヴァルトが伝えたのは外観ばかりで中身をともなったものではない。ある程度のあたりをつけて捜査に乗り出すのは明日以降になる。期限がわずかに二日しか残されていないことを考慮すれば、あまりに小さな進展だった。


「子どもらしいやり方なら打開策が見つかるんじゃないかと期待していたんだが、ずいぶんと賢い筋立てをするもんだな。その知識はどこで身につけたんだ」

「ヴァルトが本を読んで勉強したんだ。僕らは近くにいて、一緒に本を読むんだけど、ヴァルトほどたくさんは覚えきれなかったな」


 ドニは村を懐かしむように回想した。

 ジョスランの家から借りてきた書物はヴァルトが最も熱心に読み込んで、その内容はほとんど脳内に記憶されている。同じ本を教科書にしても、ドニやジョスランとは段違いの優秀さだったのだ。


「学校にも通ってないのか」


 カリアは感心して椅子の背もたれに体重をあずけた。筋肉の詰まった体重に圧迫され、木製の椅子は唸るようにきしんだ。


「村にはそんなものなかったからね。子どもからして三人だけだったよ」


 ジョスランが解説する。そもそも学校という仕組みさえ、書物でしか読んだことのない知識なのだ。教師も生徒も建物もないような田舎の村では勝手に勉強するほかに手段はない。


 ジョスランの父親が大量に蔵書を収集していただけでも幸運だったといえるだろう。ふつうの村には文字さえ読めない子どもが大勢いる。


「お前たちもなかなかキツイ人生を送ってきたわけだな。その年齢でよくやるもんだ。オレがお前たちくらいのときには、まだ近所のやつらと冒険者ごっこをして遊んでたぞ」


 カリアは冒険者役をやり、ほかの地区の子どもたちを魔物に見立てて追いかけ回していたらしい。ときには日が暮れるまで執拗に追いかけてしまい、帰り道がわからなくなったこともあるという。


「とにかくヤンチャなガキだったな。夢は冒険者と決めていたが、それ以外はそっぱり将来像を持っていなかった。オレみたいな大人になるんじゃないぞ、きっと後悔するからな」


 それが冒険者という職業のことをさすのか、カリアの送ってきた人生のことをさすのか、ヴァルトにはわからなかった。


「明日はどこを探すか決めてあるのか」

「はい。引き続きセントロードの人たちに聞いて回るつもりです。今日よりはもう少し寂れたところまで足を伸ばしてみます」

「この街は景気のいいとこは治安もいいが、ムダラで稼いだ金の届かない地域はとたんにガラが悪くなる。子どもだからといって見逃してくれる連中じゃねえぞ。危なくなったら引き返せ。それが身を守る一番の方法だからな」

「ありがとうございます。用心します」


 ヴァルトは頭を下げた。


 慣れた手つきでカリアが支払いを済ませるとヴァルトたちは寄り道せず部屋に戻った。暗くなってから出歩けるほど安全ではないのだ。酔っ払った客も増えるし、言葉巧みに店に招き入れようとする客引きも油断できない。お金もほとんど持っていないのだから、さっさと寝てしまうべきだろう。


 カリアに一時的に支援してもらっているから忘れかけていたが、金銭的には貧窮しているのだ。


「――明日は昼食抜きだな」


 四人の持っている小銭を数えてヴァルトはため息をついた。部屋の外でお金を見せびらかすのは危険なので、ヴァルトとシラルの部屋に集合してのことである。


「ええー……」

「占いの経費は仕方ないと思うよ。でもいざというときの資金は貯めておかなくちゃ。最低限ムダラに行けるだけの旅費だけは残しておくべきだからね」

「迷宮に入ったからといっていきなり無尽蔵に魔鉱石が得られるわけじゃない。むしろある程度の余裕が必要になる。まったく成果を出せないまま徒労に終わるというのも珍しくないことだよ」


 シラルが久々に口を開いた。

 日中の捜索を終えてから言葉数がすくなくなり、カリアの前ではほとんど声を出していなかった。


「ますます真剣に探さなきゃね。このままセントロードに滞在するわけにもいかないし、ムダラでの生活も考えると節約は絶対だ。ドニ、悪いけどもうおやつ代は出せないからね。自分で働いて稼ぐなら別だけど」


 ヴァルトが断固とした口調で宣言したので、ドニは萎れた花のように力なくうなだれた。


「それにカリアさんのためにも、明日こそはなにか重要な手がかりになることを発見しよう。家族がバラバラになっているのは、よくない状況だと思う」


 シラルは力強く言ってのけた。

 ほかの三人も小さく頷いて同意する。


 ほとんど赤の他人であるヴァルトたちに良くしてくれる恩を返したかった。家族がいない寂しさというものは、おそらく母親と別れたまま育った彼らよりもずっと強く感じていることだろう。


 いくら迷宮で成功を収めて大金を手にしたとはいえ、それを分かち合う家族がいなくては虚しさばかりが募る。

 カリアがときどき見せる寂しげな表情はヴァルトの記憶に強く印象づけられていた。


「そうだね。さ、今日は早く寝て明日にそなえよう」


 そそくさと退出しようとするドニの襟首を、シラルは素早くつかんだ。


「……その前にすることがあるよね?」

「は、歯みがきかな」

「ジョスラン、ヴァルト、ドニが逃げ出さないように見張っておいて。ボクは君たちのあとに入るから」


 首の皮をつままれた猫みたいに縮こまっているドニを引き渡し、シラルはそれまで被っていたフードを外した。短く切られた金髪がひそかに揺れる。


「――シラル、なにか隠してることがあるなら素直に打ち明けてくれよ」


 ジョスランが優しい言葉をかける。シラルは一瞬驚いた表情になったが、口をほとんど動かさず応じた。


「秘密なんてないよ」

「俺はたとえシラルの背中に刺青があっても気にしないよ。美的感覚は人それぞれだ。ただ、あらかじめ伝えてもらえれば、心の準備ができるということで」

「刺青? ボクが?」


 こわばっていた表情がほぐれ、シラルは久々にくったくのない笑顔になった。腹を抱えてうずくまる。押し殺した笑い声は苦しそうだ。


「あははっ――まったく、ジョスランがそんな想像をしていたなんてね」

「ヴァルトも同罪さ。ドニと同じように風呂が嫌いなのかと思った」


 あまりに笑い者にされジョスランはへそを曲げたらしかった。血色のいい唇を尖らせて弁解する。


「ボクはひとりで風呂に入るほうが好きなだけだよ。ゆっくり考えごとができるからね。湯船に浸かっているあいだはとても落ち着くんだ」

「わかんないなあ――僕はむず痒くてたまらないんだけど」


 ドニは風呂に入っている光景を想像して脂肪の多い身をよじった。


「そういうことなら、先に行くよ。明日は早く起きるからシラルも遅くなりすぎないでね」

「ヴァルトこそ早く戻ってきてくれよ。一日歩きまわったおかげで汗をかいたから、すぐにでも洗い流したいんだ」

「はいはい」


 返事をしてヴァルトたちは着替えを手に湯屋へ向かった。部屋にひとり残されたシラルは大きく息をつくと、灰色の石の天井を見上げた。


「家族、か……」


 つぶやいた言葉は誰にも届くことなく静かな部屋の空気に溶けこんで消えた。

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