35.苦肉の策
『くらま』CIC
「『寧波』にミサイル直撃、動きを止めました」
艦橋からの見張り員の報告がCICのスピーカーから流れた。
「……司令」
飯島が安達に声を掛けた。
「なんだ?」
「本艦は被弾した『はやぶさ』に対する救助活動支援の命令はまだ有効でしょうか?」
「ああ、無論だ。具体的にはお前に一任しているが」
なんとなく『さあ、どう出る?』と言った顔で安達が言った。
「救助活動自体は『おおわし』にやらせてはいますので本艦は救助活動に支障をきたす物を『排除』するのも立派な支援行為に該当すると本職は解釈していますが」
そこまで言って飯島は腹を括った顔で安達を見た。
「無論だ。『くらま』は『おおわし』が救助活動をやりやすい状況を作る為にさっきの命令を出した」
口元が少しニヤつかして安達は返した。
「幸い、相手は2隻は帰還の途に付いているので残りの2隻もこちらの邪魔をしないようにすれば一番スムーズに事が運ぶと思われます」
「そりゃそうだろ。で、どうするんだ?」
「それをお話する前に確認しますが、先程の自衛権の行使云々の話は相手にしっかり伝わっていると思いますか?」
「それは、通信ではなくスピーカーで呼びかけたからな間違いないだろう。それに向こうの本国だって外交ルートで公式に伝わっているだろうな、あの行動がそれを裏付けている」
「わかりました。それともう一つ19式の使用許可を頂きたいのですが」
「それは、構わんが。どう使う?」
「ええ、説明します。――」
CICにいた者は自分の仕事をこなしつつ二人の話を聞いていた。
『温州』CIC
「『寧波』直撃。動きが止まります……」
モニターに盛大に炎が上がっている『寧波』が写った。
「政治委員、本当によかったのですか?」
夏に向けて副長が言った。普段、乗員からは『政治委員の腰巾着野郎』、『艦長と政治委員の立場を履違えている』等、陰で言われている彼ですらこれはやりすぎだと思ったようだ。
「なにを言っているのだ君は、彼らは小日本風情に好き勝手やらせたというのにせいぜい銃撃ぐらいで何もしなかったのだ。これは立派な職務怠慢と言う党への反抗だ。だから処分した。それだけだ」
「しかし―――」
「ん?君も艦長と同類か?」
副長が何かを言おうとしたのを遮り夏はこう言った。彼はCICに来る前に武器庫に寄って持ってきた95式小銃の引き金に指を掛けた。
「いえ、違います」
「だったら、僕の言う事をおとなしく聞け。僕が言う事が党の言う事なんだ」
CICにいた全員が『イカレている』と思っていたが夏には手を出すのが難しかった。彼は小銃以外に手榴弾も持っていたのでこの状態ではそれを使いかねない状況であり応援を呼ぶにしてもCICの扉は彼により鍵は壊されバリケードで塞がれていた。
「さあ、副長。次は『千鳥湖』だ。あの腰抜けの艦隊政治委員を片付けるぞ」
こう言われても副長は従うしかなかったが副長はレーダーを見ておかしなことに気付いた。
「政治委員、本艦と『千鳥湖』の間に割って入る日本の艦があります」
「また、歯向かう気かまあいい、先にソイツを片付ける。補給艦風情等それを片付けてからでいいだろう」
夏はそう言ったがその判断は結果として間違いであった。彼らは自分ら以外を守る為に武器を使うのは実質上不可能だが自分達の身を守るぐらいなら使えない事はなかったのだから。自衛官が法の範疇と解釈で知恵を絞った策に夏政治委員はハメられた。