1章・封使館⑦
(ええ------っ!!僕っ!?)
紫苑は周りを見回すと、大半の注目が自分であることに気がついた(もちろん、相模に見とれる女性も少なくはない)。
紫苑の心臓は限界を訴えてかけていた。
薄い胸を突き破って、今にも飛び出してきそうだ。
紫苑は、助けを求めるように相模を見る。
相模は紫苑の荷物を馬車に積み込むと、扉を開けて一言。
「どうぞ、紫苑様」
うやうやしく礼までする。
それが、野次馬のヒソヒソ話に火をつけた。
「“様”だって!」
「うわぁ------いいなぁ!」
「そんなに凄い人なのか…」
紫苑はカァッと頬が熱くなるのを感じた。
(違う違う!違うんだって!!)
恥ずかしさのあまり、紫苑は相模が開けてくれた馬車の中にダッシュで飛び乗った。
相模が扉を閉める前に、小声で叫ぶ。
「早く出して下さい!」
答えの代わりに相模は笑みを返し、ひらりと御者台に飛び乗る。
「はぁっ!!」
勇ましいかけ声と共に、相模は二頭の馬達に手綱で合図を送った。
馬車はゆっくりと走り出し、紫苑はハァッと息を吐き出す。
一度熱くなった顔が熱を失うまで、ゆうに五分は時間を要したのだった。
「そうでしたか。
それはそれは、早く慣れて頂かないと……」
相模の納得したような声が、御者台から聞こえてくる。
慣れるって------馬車に?
中世ヨーロッパでもあるまいし。
そう紫苑は思ったが、口には出さない。
代わりに先ほどから気になっている、あることを尋ねた。
「あの------相模さん?」
「なんでしょう」
「封使館の敷地は確か、さっき通った門からでしたよね?」
「左様でございます」
「門を通ってから五分は経ってると思うんですけど……。
その、屋敷はまだなんですか?」
「ああ、そのことでございますか」
相模がまた納得したように言った。
「この封使館及びその周辺の敷地面積は、東京ドーム約十個分に相当すると言われておりますから……」
「ええっ!?」
封使館が広い敷地を持っているのは知っていたが、まさかそんなに広いとは思っていなかった。
「そろそろ見えてくる頃なのですが------。
おっと、見えてまいりましたよ」
それを聞いて、紫苑は窓から顔を出す。
「うわぁ------」
青々とした木々の中に、白い建物が建っている。
どんどん大きくなるその姿に、紫苑の胸は高鳴った。