4章・【ザ・ファイア】⑫
その隙を見計らって、ザックは紫苑を背中に隠した。
体勢を整えたルフィナがザックに向かって来ようとするが、屋根の上からルナセルの呪文が降ってきた。
「【ミリアーネット】」
胸の前で組んだ手から光が放たれ、いく筋にも分岐した光は網のように拡散し、ルフィナを絡め取った。
「ちょっ!何やこれ!」
「【ミリアーネット】(流星の網)。僕のアビリティだよ」
ルナセルはふわりと地面に降り立つと、得意げな笑みを浮かべた。
アローディスの声が、紫苑に語りかける。
『早く呪文をかけろ』
「あ、うん!」
紫苑がルナセルに目配せをすると、ルナセルは察したように小さく頷いて、再び手を組み合わせる。
紫苑はアローディスが送り込んできた無数の呪文の内、ルフィナにぴったりあう物を選んで詠唱した。
『紅蓮の揺らめき、全ての生を還す火よ。我が名に従い、服従せよ』
「【ヒーリング・スター】」
リスラスの時と同じような、薄水色の光がルフィナを覆った。
「うっ、ぐぅ……ああああ!」
ルフィナは苦しそうに頭を抑えている。
口からは言葉にならない声が漏れ、瞳は狂気の色を宿した。
肩で荒く呼吸をし、はぁはぁと息が切れている。
ルフィナは悪魔に取り憑かれた獣のように悶えていた。
髪をかきむしり、何かを追い出そうとしているかのように自分の体を、近くの建物に打ちつけている。
ルナセルは傷だらけになっていくルフィナに、呪文の詠唱を止めて抱きついた。
「ルフィナ!しっかりしてよ!」
「がぁぁぁあ!!」
ルフィナは拘束された体を解放しようと、ルナセルを振り払おうとする。
しかしルナセルは、自分が何度壁に叩きつけられようが、ルフィナにしがみついていた。
「戻ってよ!ルフィナぁ!!」
「ぐ、ぐぅ……カハッ」
ルフィナが力尽きるのと同時に、彼女の口から、何か黒くもやもやした霧状の物質が、空気中に吐き出された。
それは、不意に吹いた一陣の風に流され、空気に馴染むように消え去ってしまった。
「アローディス、今の……」
『説明は後。今は怪我人を安全な所へ移すのが先決だ』
「そう------だね」
紫苑が半ば無理矢理頷くと、アローディスは紫苑の体から離れた。
一瞬で紫苑の体が元通りになる。
アローディスは倒れたルフィナの頭を膝に乗せ、髪を優しく撫でているルナセルに何かを話しかけた。
ルナセルは頷く。
そして一同は宿へ戻ったのだった。