4章・【ザ・ファイア】①
「------いらっしゃいませ」
一行が宿屋の扉をくぐると、正面のカウンターに腰かけ、読書をしていたらしい老人が、年相応な深みのある声で言う。椅子から立ち上がると、その体つきがよく見えた。
ひょろりとした痩せた体躯、少しだけ曲がった腰。
しょぼしょぼとまばたきをする瞳には、輝きがない。
「泊めてもらいたいのだが」
ぶっきらぼうに告げるアローディスの言葉に、初めて老人の瞳から感情が窺えた。
喜び、驚き、戸惑い------そんないくつもの異なった感情が渦を巻く中に、不釣り合いな物があった。
------恐怖だ。
と言うよりは、怯え。
この老人は何かに怯えているらしい。
何に?誰に?
だがすぐに、老人の瞳からは光が消えた。
「一人当たり、一泊につき銀貨五枚です」
「後払いでも結構か?」
「かしこまりました」
軽く頭を下げてから、老人は紫苑達の顔をまじまじと見た。
元々一重まぶたなのだろうが、顔の皮膚が垂れていて更に細く見える。
「ん?じーさん、俺達の顔になんかついてるか?」
初対面のクセに、馴れ馴れしいザックの言葉を気にしない様子の老人は、寛大な心の持ち主のようだ。
「失礼ながら、旅の方でしょうか?」
「そうだが------。この町では旅人は珍しいのだろうか?」
アローディスの問いかけに、老人は一瞬躊躇った。
言うべきか、否か。
それを思案しているらしかったが、アローディスの厳しい視線に射竦められ、黙るという選択肢は消え去ったのだろう。
掠れた声を低めて、静かに話し始めた。
「いえ、以前は珍しくもなかったのですが……。ここ最近は、めっきり少なくなりました」
「それって、何か理由があるんですか?」
紫苑が聞くと、老人は困ったように俯いた。
先ほどのように思案しているらしい。
「ご主人」
アローディスの低い声に、老人はおそるおそる面を上げた。
「なんでしょう……」
「何か理由があるのであれば、包み隠さず話して頂きたい。滞在する我々としては、不安要素を全て取り除いておきたいのです」
アローディスの理論に、老人の心はぐらぐらと揺さぶられているようだ。
老人は決心したように顔を上げた。
「いいでしょう」