4章・クラスウッド火町③
店主は近づいてくるアローディスを見て、手をすり合わせた。
「はい、いらっしゃいませ!」
「別に青果を買いにきたのではない」
その言葉を聞いて、たっぷりと肉がついた店主の顔から、営業スマイルが消える。
途端に無表情になり、店頭に並べてある野菜の位置を替えたりし始めた。
アローディスはそんな店主の態度の変わりように驚く事なく、服の懐から、金色に光る小さな物を取り出した。
「?」
アローディスはそれを指で弾き、コイントスのように回し始める。
キィーンという微かな金属音が耳についたのか、振り返った店主の目が大きく見開かれた。
アローディスの口元が、ニヤリと意地悪く弧を描いた。
「情報を売ってくれ」
店主の目は、弾かれる金貨に釘付けだ。
アローディスは金貨を一際強く弾いた。
更に高い金属音が響き、店主は我に返ったようにハッとした。そしてアローディスに視線を向けた。
「なんの情報だ?断っておくが、俺はしがない八百屋の主人にすぎん。王家の内部事情なんか聞かれても答えられんぞ」
「心配するな」
高く弾かれた金貨を、アローディスはパシッと掴んだ。
「この町の宿屋を教えて欲しいのだが……」
「ああ、そこの武器屋の角を右に曲がってすぐだ。看板が出てるからわかるだろ」
店主は太く短い指の手をアローディスに向けた。
アローディスはその手に向けて金貨を弾いた。
短い腕を伸ばして、器用にそれをキャッチする店主はほくほくと金貨を前掛けのポケットにしまった。
「助かった」
アローディスは素っ気なく言って、服屋を覗き込んでいる三人に声をかけた。
「行くぞ。とりあえず落ち着ける所を見つけた」
その声にルナセルが面白い物を見つけた時のような満面の笑みで二人を振り返った。
手招きして紫苑を呼ぶ。
「紫苑お兄ちゃん!!見てみて」
紫苑がショーウインドーに近づくと、様々な形の服が並べられているのが見えた。
「なんなのだ、一体」
ひどく不機嫌な声色でつぶやきながらアローディスが歩み寄ってくる。
「いや、紫苑の格好は、ちぃと目立ちすぎているかもしれんと思ってな」
ザックに言われて、紫苑は自分の服装を見下ろした。
黒いブレザーの制服、赤いネクタイに学校指定の革靴。
対してこの町の人々はというと、中世ヨーロッパの服装。
RPGなどでよく見かける感じだ。
そこから見たら、紫苑は少し浮いているかもしれない。