4章・町へ④
「紫苑」
「ん?」
アローディスが話しかけてきたのは、朝食が終わり、各自焚き火の後始末やテントの片付けをしていた時だった。
自分が寝たテント内の毛布を畳んでいた紫苑は、腰をかがめて入ってくるアローディスに座れる場所を空けようと少し奥につめた。
すまないな、と断って、アローディスはその場にあぐらをかいて座る。
「どうしたの?」
尋ねる紫苑の問いには答えず、アローディスは目の前に古びた地図を広げた。
画用紙四枚分くらいの大きさの羊皮紙に描かれているのは、海と大陸。
随分古い物なのだろう。
描かれた当初は美しかったと推測される羊皮紙は、日に焼けて黄ばんでいて、端っこの方には裂け目があった。
「この世界の地図らしい」
「------この世界の?どうやって手に入れたの?」
「リスラスの------これはアビリティと言うより、特殊能力だな。あいつは動物と会話ができるという一風変わった特技を持っている。さっき鷹がきたんだが、そいつがこの地図の存在を教えてくれた、らしいぞ」
らしいぞ、の部分を強調して発音するアローディスとしては、半信半疑といった感じなのだろう。
だが紫苑は、リスラスならありえると本気で思った。
あのまったりした性格、人見知りだが慣れれば心を許してくれる。
リスラスが、細い指先に小鳥を止まらせ、そのさえずりに耳を傾け時折頷く。
そんな光景は、容易に想像できるものであった。
「それはいいとして、だ」
アローディスの細く長い指が、地図の一点をトンと突いた。
地形に合わせてカラーで色分けがされているらしい丁寧な地図は、その場所を深緑色で塗っていた。
その横に、何かミミズのような形の文字が書かれているが、紫苑には読む事ができない。
紫苑はアローディスを窺った。
「その文字はなんて書いてあるの?」
アローディスは答えの代わりに、紫苑の額に手を当てた。
押し当てられた手のひらはひんやりと冷たく、氷のような感じがした。
アローディスの声が、低い響きを帯びる。
【トランスレーション】
不思議な呪文が唱えられたかと思うと、じんわりとした温かさを額に感じた。
それは皮膚を簡単に突き抜け、じわじわと脳内に入り込んでいく。
紫苑は、脳が訴える不快感に、思わず目を閉じた。
頭の中がごちゃ混ぜにされているような感覚。
前のめりに倒れそうになる紫苑の体を、アローディスは空いている方の手で支えた。