4章・町へ①
白いもやがかかったような遠い意識の中、紫苑の耳は聞き覚えのある声を捉えていた。
「あっ、あのぅ……」
ふるふると震えるその声は、どうやら紫苑の上空から降ってきているようだ。
「し------紫苑さんっ!」
「うわぁっ!!」
テント内に叫び声が響き渡り、紫苑は寝床から跳ね起きた。
目の前には、怯えきって逃走準備が完璧に整っているリスラスがいた。
子リスのように紫苑を警戒するその姿を見て、ほっとため息をつく。
「リスラスか、おはよう」
「……おはょぅございます」
妙なイントネーションで挨拶を返すと、リスラスは紫苑から目を逸らし、逃走する構えをといた。
「アローディスさんが……、朝食の準備ができたから、早くこいと……」
それだけの事を説明するのだけに震えるほど緊張されては、自分が悪いのではないかという錯覚に陥る。
紫苑はできるだけ友好的に見えるであろう笑みを浮かべ、リスラスに礼を言う。
「わざわざありがとう」
「いっいえ!!------では!」
疾風のようなスピードで、リスラスはテントから出て行ってしまった。
入り口にかけられた布が、勢いよく跳ね上げられたせいで、テントの上部にかかって戻ってこない。
紫苑はその隙間から、燦々と降り注ぐ陽光を見たのだった。
「------よし」
何がよいのか自分でもわからない言葉をきっかけに、紫苑は寝床を抜け出し、テントから這い出た。
「よぉ!おはようさん」
「紫苑お兄ちゃん、おはよー」
朗々とした声と、はつらつな笑顔に出迎えられて、紫苑は答えるようにほんのちょっと片手を上げた。
焚き火のそばに座っていた二人に紫苑は近づいていく。
焚き火にかけられた小さな片手鍋を銀のお玉でかき混ぜているザックの左隣に腰を下ろした。どうやらシチューを作っているようだ。
豊かなミルクの香りが、紫苑の鼻を刺激する。
腹の虫が自己主張をするようにギューッと鳴いた。
ザックは一瞬びっくりした表情を浮かべるが、すぐにその顔はほころんだ。
「素直な腹の虫を飼ってるな」
「あはは……」
照れ笑いをしながら髪をかく。そして、ふとその時に気がついた。
「あれ、アローディスは?」
ああ、とザックは鍋をかき混ぜる手を止めて蓋をかぶせた。