1章・封使館③
スラリとした高い身長に、その体から伸びる手足も細い。
似合う人は数少ない燕尾服を、まるで私服のようにバッチリ着こなしている。
その完璧な体の上には、これまた完璧な顔があった。
黒くさらさらとした髪に、涼やかな碧い瞳。
まるで深海のように深い碧色には、見る者をグッと引き込ませる力があるようだ。
そして漆黒の髪に対比する、蝋のように白い肌。
色素の少ない、白く薄い唇。
スッと通った鼻筋。
それら全てがお互いの美しさを損ねること無く、完璧なる調和を保っている。
それは、まるで、神話の世界から抜け出してきた、神のよう。
紫苑はその男性が自分と同じ人間だということさえも疑っていた。
確かに執事のような格好だ。
コスプレなのか、それとも------。
紫苑の思考は、隣で切符を買い終えて男性に見とれている二人の女子高生の声に中断させられた。
「あの人、誰か探してるみたいだよ?」
スポーツ少女、詩織が言う。
執事はキョロキョロと辺りを見回している。
その姿は落ち着いていて、混み合う駅の改札前だろうが、とても絵になった。
不意に執事がこちらを向いた。
ばちっ!!
目があった瞬間、紫苑は電流が走ったかと思った。
思わずシパシパさせるまぶたの裏に、チカチカと光が瞬いて見える。
(うぇっ!?なんだなんだ!?)
今までに体験したことの無い感覚に、紫苑の心は軽いパニックを起こしていた。
頭を抱えて、その場所にしゃがみ込む。
幸いなことに再びまばらに増えてきた人のおかげで、紫苑の姿は、ほとんど隠れていることだろう。
券売機に近づいたスーツ姿の中年男性が、しゃがみ込む紫苑に怪訝そうな顔を向けるが、紫苑はもちろん気づかない。
(なんだあれ、なんだあれ……)
余裕無く心の中で復唱し続ける紫苑の耳に、例の女子高生の声が届く。
彼女達は執事のことをずっと観察していたようだ。
「あっ!!」
杏里の声が、小さく跳ねる。
「こっち、こっち来るよ!?
ど、どうするっ!?」
詩織の余裕無い声が続いて聞こえる。
まるで、人気絶頂のアイドルを見かけた時のようだ。
紫苑は少し顔を上げて目の前を窺う。
------コツ、コツ------。
人の波の隙間から、誰かが近づいて来る靴音がした。