3章・【ザ・リーフ】⑭
「おい、意識はあるか?
立ったまま寝るなんて人間離れした特技を持ってるんじゃないだろうな?」
嫌みらしく言われるアローディスの声で、紫苑は懐かしい記憶の淵から呼び戻された。
何故あんな懐かしい記憶が蘇ったんだろう?
多分、アローディスに言われた言葉の本質が、昔教えられた名言と似ていたからだ。
今の紫苑は高杉晋作の名前くらい一般常識として知っているし、当時祖父が教えてくれたその意味は随分わかりやすく噛み砕かれていた事も知った。
「おもしろきことも無き世を
おもしろく」
噛みしめるようにつぶやくと、アローディスはちょっと面食らったような顔をした。
だが、すぐに笑みがこぼれる。
「------源一郎」
「え?」
聞き取れるかギリギリの音量で囁かれた声に、紫苑は聞きなおした。
アローディスは柔和な微笑みを紫苑に向けた。
「源一郎の好きな言葉だ」
過去を懐かしむように、アローディスは天を仰ぐ。
ルナセルも横でニコニコしている所を見ると、どうやら彼もその言葉を知っているらしい。
「源一郎は、我等のあの荒んだ世界が好きだった」
「……うん」
何故かくすぐったくなって、紫苑も空を見上げる。
天の中央に位置する満月は、気高く、孤高に凛と澄んだ光を放っていて、改めてアローディスは月の『使徒』なんだなと、頭ではなく心で理解した。
「僕------世界を戻すよ」
「紫苑お兄ちゃんにならできるよ。
だって、僕等も一緒じゃない」
無邪気に笑うルナセルの言葉が素直に心に染みる。
アローディスは無言だったが、そこからは肯定の意志が感じられた。
「------さて」
しばらくして、アローディスが視線を真っすぐに戻した。
銀の瞳は、依然として変わらず冷たい色を宿していた。
「夜営の準備だ、今日はここで休むぞ。
夕飯の支度もせねばな」
淡々と告げられる業務連絡に、紫苑とルナセルは顔を見合わせてクスクス笑った。