3章・【ザ・リーフ】⑬
「ごめんね------。
僕が、『使徒』を解放したりしなければ、ルナセルもリスラスも傷つくことなかったのに」
紫苑の目から、予期せぬ雫がこぼれた。
自分に泣く権利なんてものはない事なんか理解している。
紫苑は慌てて目の下を服の袖で拭った。
そしてルナセルに笑顔を向けた。
「僕なんか、封使館に来なきゃよかったんだよ」
「------ちっ、違うよ!!」
ルナセルはぶんぶんと首を振る。
首が左右に振れるその度に、金色の髪が、淡く、まぶしく色を変える。
「紫苑お兄ちゃんが来てくれて、僕は嬉しかった」
「でも、僕はリスラスを傷つけてしまった」
紫苑が俯きかけたその時だった------。
『……はぁ』
下の方から、呆れたようなため息がつかれた。
紫苑はズボンのポケットからアローディスのカードを取り出す。
「なんでため息なんだよ……」
闇の中でぼんやりと蛍のように強弱をつけて瞬くカードは、もう一つ大きなため息をつくと、アローディスに戻った。
見事な銀髪が、同色の月光の下でダイヤモンドのように光る。
「何をお前は悲劇の主人公ぶっているのだ」
「え?」
アローディスの言葉の意味が飲み込めず、紫苑は自分より少し高い位置にあるその顔を見上げた。
相変わらず高飛車な表情で見下ろしてくるアローディスは、先ほどまでの苦しげなようすは微塵もない。
「何を悲観的に考えているのかと聞いている」
「悲観的って……?」
アローディスの涼やかな瞳で見つめられて、紫苑はどきりとする。
「確かに、お前が『使徒』を解放しなければ、今こうなってはいなかった“かもしれない”」
アローディスは語尾を強く発音する。
紫苑は首を傾げた。
「------“かもしれない”?」
「ああ」
アローディスは一つ頷くと、続きを説明する。
「仮にだ、お前が使徒の部屋に行かなければ、あの少年は力ずくで『使徒』を奪っていっただろう。
そして我々は後からこの事を知り、リスラスと対面する。
お前が使徒の部屋に行こうが行くまいが、なんら変わらん。
そういう楽観的な考えはできんのか?」
その言葉に、紫苑はハッとした。