1章・封使館②
五分ほど経って、人混みはだんだんおさまってきた。
おさまったとは言っても、ほんの少しに過ぎない。
だが、改札の正面に位置している外へ通じる通路から、微かに吹き込んでくる風が頬を撫でる感覚に、息苦しさが多少は解消された。
北海道で育った紫苑にとって、人混みの中の息苦しさなどは、夏祭りの時ぐらいにしか感じることは無い。
しかし、西新星駅は東京の中でもさほど主要な駅では無いが、それでも北海道のどの駅より人が多い。
(これから、こんなトコで暮らすのか------)
紫苑は、沈鬱な面もちで肺の中の空気を吐き出した。
その時、人混みが少しざわついたのを紫苑は感じた。
「ねぇ詩織。
あの人、格好よくない?」
「あっ!格好いいかも」
左耳が女性の声を聞きつけた。
何事かと顔を上げると、券売機で切符を購入している女子高生の二人組が目に入る。
セーラー服に真紅のスカーフ。プリーツが綺麗についている紺のスカート姿。
肩にかけられたスクールバックには、最近若い女性の間で流行っている『ニヤパンダ』というニヒルな微笑みを浮かべるパンダのお揃いのストラップが、チャリチャリと揺れている。
券売機の前の荷物置きのような銀の台に立てかけられている細い棒は、おそらくラクロスのそれだろう。
「でも、杏里彼氏いるくせに。もしかして浮気~?」
「違うって!
ちょっと、格好いいなって思っただけ!」
「へぇ~……」
意味ありげな笑みを浮かべた少女は、詩織というのだろう。
茶色い短い髪が、微かな風に揺れている姿はまさに、スポーツ少女だ。
そしてもう一方の、黒髪を後ろで結び、ポニーテールにした少女------杏里は、詩織の肩を小さく叩いた。
「本当だって!」
「わかってるよぉ。
でも、本当に格好いいよね。
執事さんみたい」
そう言って詩織は肩越しに後ろをチラリと見た。
紫苑も少し興味がわいて、詩織の視線の先に自分の顔を移動させる。
(わぁ------。本当だ……)
彼女の視線の先にいたのは、四番出口の通路から出てくる男性だった。