2章・ゲームスタート④
聞き覚えのある、おっとりとした声。
少し眠たげな、犬のような目。
その顔に、紫苑は固まる。
「佐伯------君?」
そう、そこに立っていたのは、間違いない佐伯侑梨本人だったのだ。
侑梨はまろやかな笑顔を紫苑に向けた。
その顔はつい今さっき教室で見た顔そのままだった。
「やぁ、紫苑君。
こんにちは」
笑顔のまま侑梨は軽く右手を目の高さまで持ち上げた。
「な、なんで、なんで……」
壊れかけたCDプレイヤーのように同じ言葉を繰り返しつぶやく紫苑の瞳には、不安と焦り。
侑梨はそれを見て、にやにや微笑んでいる。
「びっくりした?
僕がここにいて」
紫苑はガクガクと頷く。
「ありがとうね、『使徒』を解放してくれて。
紫苑君のおかげで------」
侑梨はわざと間を開けたかのように見えた。
そして一層深い笑みを見せる。
その笑みは優しいのだが、紫苑の背中をぞくりとさせるような妖艶さを纏っていた。
「“この世界が止まった”よ」
世界が、止まった------?
意味のわからない紫苑に、侑梨は口元に手を当て、クスクスと笑った。
そして小馬鹿にしたように少し上目遣いで紫苑を見る。
「あれ?
もしかして、何も知らないの?
灯馬の血を引いているくせに?
本当に直系?」
「何も------ってなんだよ」
紫苑はギッと侑梨を睨みつける。
その紫苑の瞳に侑梨は目を輝かせた。
「いいね、その目。
不信感、焦り、不安、葛藤。
負の感情が渦巻いてるよ」
「答えろよ。
なんだ、世界が止まったって」
「------いいよ」
侑梨は口角をキュッと吊り上げて、紫苑の左腕を指差した。
紫苑の視線も自分の腕に移る。
「時計、見てみなよ」
紫苑は少し訝しみながら、左腕につけた腕時計の文字盤を見て目を見張った。
文字盤には長針と短針、秒針。
いつもならば正確に時を刻み続けているそれらは、停止していた。
ちょうど五時二十九分十二秒で動きを止めていたのだ。
「何、故障?」
「残念ながら違うね」
侑梨はクシャッと微笑んだ。
「さっきも言っただろ?
世界が止まったって。
時計が動くのをやめたんじゃない。
世界の停止によって動きを止めさせられたんだ」
「そんな------。
そんなSFみたいな話、信じられ訳ない」