2章・偶然と必然-異界の扉-⑤
「灯馬紫苑です。
中学までは北海道に住んでました。
よろしくお願いします」
他人に誇るようなものは何も無い紫苑は、淡々と事実だけを述べて着席した。
教室内は予想通りの反応。
(いいよ、別に------)
次の人が自己紹介を始めた時に、紫苑が顔を上げると、何故か小田切と目が合った。
紫苑が動揺した瞬間、小田切の方から視線を外した。
(なんだ?)
疑問に思った紫苑だったが、気のせいだろうと高をくくって、おどおどと自己紹介をする女子生徒に意識を集中したのだった。
「灯馬」
入学式が始まるという知らせが校内放送で入り、みんなが好き好きに講堂へ向かっていく時、紫苑は誰かに呼び止められた。
声のした方を向くと、小田切が少し離れた所から手招きをしている。
紫苑は訝しみながらも、小田切に近づいた。
「なんですか?」
紫苑が問うと、小田切は微かに声を潜めてささやくように言った。
「灯馬に頼みたいことがあってな」
「------------」
「新入生代表の挨拶をしてくれないか」
「何故僕なんですか?」
そうだ。
何故紫苑なのか。
紫苑自身には、とんと見当がつかなかった。
心底不思議そうな顔をする紫苑に、小田切は衝撃的事実をささやいた。
「こう言っちゃなんだが、お前が“あの”灯馬家だからだ。
封使省の大臣を代々務める家系の直系だからな」
「は?」
封使省------それは、日本国に存在する数々の省の中で、最も存在意義が国民に知られていない省であろう。
封使大臣なる者が存在するとは聞いたことはあるが、顔はおろか名前すら知らない。
ただ存在し、国民からも認識されていないような省だが、政府の中では最も重要な省であるらしい。
確か封使大臣は官房長官の次くらいに偉かった気がする。
そのお偉いさんが、僕となんの関係があるというのか。
「は?は無いだろう。
親御さんから聞いていないのか?」
「はぁ……」
「そうか、まぁ色んな事情があるからな」
小田切は自分一人で納得すると、紫苑の肩に大きな手を置いた。
「よく聞け。
お前のお祖父さん、灯馬源一郎さんは、第四十六代・封使大臣だ」
「えっ?えぇっ------!!?」
紫苑の叫び声は、人気のなくなった廊下に虚しくこだましたのだった。