1章・同居人①
緩やかに減速して、馬車は止まった。
重力を全く感じさせず、相模は馬車からふわりと飛び降りる。
窓から屋敷を見上げている紫苑に微笑みかけ、馬車の扉を開けた。
「あ、ありがとう」
慣れない行為をさも当たり前のようにする相模に、紫苑はぎこちない笑みを浮かべて馬車を降りた。
「うわぁ------」
紫苑は目の前の屋敷を仰ぎ見てみる。
真っ白な外壁に絡みつくように、屋敷の下部には深緑色の生命力を感じさせるツタが上へ上へと伸びている。
屋敷は三階構造になっているらしく、窓は外壁に三段並んでいた。
その数は、約二十個ほど。
一見こぢんまりしたホテルのようだ。
屋根の色はコバルトブルー。
その上には小さな窓がついた塔のようなものが二つついている。
右の塔の先端部分に銀色の綺麗な風見鶏があり、時折吹く風にキィキィと音を立てて回っていた。
舗装された道路の正面の大きな木製の扉は、古びているが、どこか荘厳さが感じられる。
「どうなさいました?」
荷物を降ろした相模が背後から近づいてきた。
「綺麗なお屋敷ですね」
「ええ。源一郎様が大切になさっている屋敷ですから」
自慢気な顔で答える相模は、やはり美形だったが、どこか庶民風の雰囲気が漂って馴染みやすかった。
「うん、わかるよ」
紫苑の言葉に、相模は一瞬キョトンとしたが、すぐに先ほどまでより深い笑顔になった。
その笑顔の意味を知りたくて、紫苑が相模の顔を見上げた。
「ああ、申し訳ございません」
相模は少し目を細める。
実に楽しそうな表情をする相模は口角を少しだけ引き上げた。
「紫苑様が、私に対して初めて敬語ではなくなったので------嬉しかったのです」
「へ?」
紫苑はぽかんと口を開ける。
「どうか、これからは私に対して敬語をお遣いにならないで下さい」
「は、いや------うん……」
その言葉に、相模は満足そうに笑った。
「では、参りましょうか」
「うん……」
今日知り合ったばかりの人に対しては使い慣れないタメ口に戸惑いながらも、紫苑が両手で精一杯持ってきたボストンバックを片手で持って前を歩いていく相模の背中について行った。