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プロローグ①
それは、単なる偶然だったのだ。そう、偶然。
でもまさか悪い方の偶然が起こるとは------。
「やばいんじゃないかな------これ」
紫苑は目の前の空間を仰ぎ見てつぶやいた。
長い廊下の大理石で造られた白い壁に、突如ぽっかりあいた穴。
高さは約二メートルほど、寸分の狂いも無い直線の切り口は、この穴が人工的に造られた物だとわかる。
それもそのはず、先ほどまで穴には扉がはめ込まれていたのだから。
紫苑は視線をまっすぐに戻す。
扉の向こうは、深淵なる闇が息を潜めていた。
廊下にはちゃんと電灯がついているのだが、その光は一切扉の向こう側には届かない。
まるで扉を挟んで光と闇が反発しあっているようだ。
くっきりと分かれた明暗の境目を見て、紫苑の背筋を冷たいものが駆け抜けた。
(ここは------本当に、開けるべき所じゃ無かったんだ……)
紫苑のこめかみを、微温い汗がつぅっと伝う。
何故こんなことになってしまったのか------。
それを語るには、最初から始めた方がわかりやすいだろう。
ことの発端は三月の下旬。
うららかな春の昼下がりのことだった。