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線香花火  作者: 由乃
9/9

再会の日の朝に

優希は懐かしい夢を見ていた。


玲奈がこの家に初めて来た日のこと。


すぶ濡れで玄関先に立ってた玲奈は明らかに体調が悪そうだった。




母親が再婚して、新しい義父と同居し始めたころから、優希は4人分の食事を用意するようになった。


昔から仕事で忙しい母親に代わって、優希は家事を担当していたので特に大変ではなかった。


玲奈がなかなか家に来なかったから1人分の食事はいつも余ってしまっていたのだが。


その日真夜中に突然家に来た玲奈は、無言だったけれど優希の作った料理を完食したので、優希は自分でも予想外なほどにホッとしたのだ。


知り合って1日目にして打ち解けることができるとは思っていなかったから、せめて自分の手料理を食べてほしいと願って作ったのだ。



玲奈はとても繊細な心の持ち主で、今まで他人に甘えたことがなく育ってきたようだった。


いつも周りを警戒するような目で見ていた。


優希は玲奈にもっと周りを見てほしかった。


視野を広げればまた違う世界がそこにはある、と教えたかった。





目覚ましのアラームよりも先に目覚めた優希は焦点の合わない目で天井を見た。


天井からは玲奈と色違いで買った照明が下がっている。


優希の部屋のカーテンは淡い緑色で、窓から入る風に遊ばれふわりと揺れた。


その穏やかな風は病室で迎えた朝を連想させ、優希は1度だけ玲奈に手を上げてしまったあの日を思い出した。



『死ね』と義父に言った玲奈を許せなかったあと時。


落ち着いて考えれば、口の悪かった玲奈から出ても不思議ではない言葉だったのに。


父親を不慮の事故で亡くしていることもあって、自分でも“死”という言葉に過剰に反応してしまったと反省したものだった。


生きたくても生きられない、事故で突然その存在がなくなってしまう人だっている。


自分の父のように。



父親を失ってから、母と2人で苦労しつつも幸せだと思える生活をしてきた優希にとって、“死”は身近に感じる恐怖でしかない。


だから簡単に口にしてほしくない単語だった。



しかしだからと言って暴力でそれを教えるようなことをしてしまった事実は、優希自信許せることではない。


順を追ってきちんと言葉で説明すれば、玲奈もまた理解してくれたに違いない。


“死ね”などと哀しい言葉を父親に言ってはいけないのだとわかってくれただろう。


自分の感情に任せ、彼女を殴りつけてしまったことは優希にも大きな衝撃を残したのだった。


玲奈が気を失ってしまった時に見せた、義父のこの世の終わりでも見たかのような表情は目に焼き付いた。


母の絶叫のような叫びも忘れられない。



優希が殴って飛ばされた玲奈がもし、万が一打ち所が悪かったら。


やっと再婚した母を苦しめることになったかもしれない。


義父から玲奈を奪い、独りきりにしてしまったかもしれない。


優希は玲奈を、死なせてしまっていたかもしれない。


玲奈は帰らぬ人となったかもしれない。


大切な人のすべてを、自分のすべてを壊してしまっていたかもしれない。



そう考えると優希は自分が怖くてどうしようもなかった。


これから先、もう二度と何があっても人に手を上げるようなことはしない、と心に決めたのだった。




『ふぁー‥‥』



大きく深呼吸して目をつむってみてもなかなかニ度寝に持ち込めない優希は、諦めてむくりと起き上がった。


枕元の時計をみるとまだ6時前。



今日から2週間透の別荘に滞在することになる。


嫌だ嫌だと思っていても、やはり心の奥底では透に会えることを楽しみにしていたのだ。


いつもなら起きない時間に目が覚めてしまったことがなによりの証拠。


優希はため息をついた。


今年買った真夏仕様のワンピースは、まだ気温が高いから着れそうだと思い、クローゼットから出してある。


優希は今日それを着て行こうと思っていた。


そのワンピースは、ファッションにうるさい玲奈にも友人にも似合うと褒められたお気に入りの一着で。


そんなお気に入りのワンピースを今日に選んでしまった優希は、自分が思った以上にこの日を意識してしまっているのだと自覚した。



それがどうしようもなく虚しくて、どうしようもなく呆れてしまう。



『私‥なんで張り切っちゃってるんだろ。馬鹿みたい‥』



優希は気持ちを切り替えるようにカバッとパシャマを脱いだ。


早朝にも関わらずしっとりと汗で濡れた身体をシートで拭うといくらかさっぱりする。


身につけたハイウエストのワンピースは、裾に向かってふわりと広がるデザインになっていて、襟元や袖の部分に小ぶりなフリルが付いていた。


全体的にみると可愛らしい印象を受けるものだ。


優希はワンピースを着ると、部屋にある小さなドレッサーの前に座った。


お世辞にも美人とは言えない顔立ちの自分を見て、優希は透の容姿を思い浮かべた。



『やっぱりあの人の隣に並ぶには私じゃ平凡すぎるよね‥』



顔のパーツ1つ1つは整っている‥けして見れない顔ではないと自分を励ます優希。


誰が見ても美人だと思われる玲奈や透をいつも見ている優希は、自分に対して過小評価しがちだが彼女もそれなりに可愛らしい容姿をしている、ということは周知の事実だ。


さらにやわらかい雰囲気を兼ね備えた優希は、友達の間でマイナスイオンなどと言われていることもしばしば。


本人は気づいていないのだが。



優希は重たいため息をついて長い黒髪に櫛を通した。


透にキレイだと褒められて、嬉しくて伸ばしはじめた髪も、切るタイミングを失い今では腰辺りまで伸びている。



『はぁー‥。玲奈は美人で羨ましいなぁ‥‥あの人の隣に並ぶのも‥玲奈のほうが相応しいよね』



優希は思いを声に出してみると、余計に自分が惨めになるがその半面、だんだんと諦めがついていくという矛盾を感じた。


変わらない事実を悲観するより、認めて受容したほうがむしろ傷つかないで済む、と最近思うようになった。



『‥よしっ‥と』



優希は髪を高いところでポニーテールにしレースのシュシュで留めた。


結い終えると、ゆるいウェーブがかかった髪を揺らしながら1階に降りて行った。



顔を洗ってサッパリすると朝食作りに取り掛かる。


まだ7時にならないので紀子も起きてこない。


晴彦は長期出張で今は家にいなかった。



長期休暇中はたいてい優希が朝食を作っているので、慣れた手つきでちゃかちゃかと準備をする。


ジュワーという食欲をそそる音を立てながら半熟の目玉焼きを3人分作ると、トマトとキュウリを切ってサラダを作り、ピザトーストをトースターに入れた。



『さて、2人を起こしに行きますか‥』



優希はエプロンを付けたまま2人を起こすために2階に向かった。



『おはようお母さん。朝ご飯できたよ』



『うん、ありがとう。今日は9時に出掛けるんだよね?』



先に紀子を起こしに行くと、すでに眠りから覚めていたのかわりとクリアな声が聞こえてきた。



『そう、まだ7時過ぎだから時間には余裕あるよ』



『ふぁ〜‥わかったわ』



あくびまじりの返事を耳にしつつ、優希は玲奈の部屋へと向かった。


玲奈はメイクに時間をかけるので早めに起こさないと間に合わない。


寝坊して慌てて仕度する玲奈の顔を思い浮かべて優希は1人思いだし笑いをした。


焦って怒ったような困ったような、そんな表情をする玲奈を可愛いと思うのは姉馬鹿なのだろうと、優希は自覚している。



『玲ーっ7時過ぎたよ。起きないと間に合わなくなるよ』



優希がドアをノックしようと手を挙げた。


とその時、室内からドスンと鈍い音が聞こえてきた。



『ったぁ〜〜!!』



『玲奈!どうしたの?』



優希がそのまま部屋に入ると、枕ごとベッドからずり落ちてフローリングに寝そべっている玲奈の姿があった。



『玲奈‥!だ、大丈夫?』



玲奈のそばに寄り恐る恐る顔を覗き込む。



『ふ、不吉な夢見た!!親父に抱きしめられそうな夢見た!逃げようとしたらベッドから‥』



『おおお落ち着いて玲奈!』



勢いよく起き上がった玲奈は、目をカッと見開き興奮気味に優希の肩を揺さぶった。



『不吉だ不吉だ不吉だあぁあ!!あたし顔洗ってくる!!』



そう言い残すと、呆然としている優希をほったらかしにしてバタバタと部屋を出て行ってしまった。



『れ、玲‥怖い夢でも見たのかな‥?』



取り残された優希はノロノロと立ち上がって、くしゃくしゃになったシーツを直してから玲奈の部屋を出たのだった。

読んでくださってありがとうございますm(__)m

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