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線香花火  作者: 由乃
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過去を振り返ってー④ー玲奈

過去を振り返ってー④ー玲奈






久しぶりに帰った家は相変わらず無機質な空間だった。



「1ヶ月後、このマンションを出るから荷物をまとめておきなさい。中学の手続きは済ませてある。転校先も決まった。新しく住む家の住所はここに書いてある。父」






テーブルの上にはこう書かれたメモが残してあった。


神経質そうな、角ばった字。


それは父親の性格を現してるようであたしは表情に出さず笑った。




一応春休み中に用意ができるようにとこの時期を選んだようだけど、ほとんど毎日が休みのような生活をしてたあたしには関係なかった。



ちょうど4月から同居するらしい。



住所が書いてあるということで、父親はあたしと一緒に家を出る気がないんだとわかった。




家の中を適当に片付けて、最後に自分の部屋に入ると改めて何も家具がないことに気づかされた。


あるのは敷布団が一人分と、洋服が詰め込まれた大きいバックが3つ、それからメイク道具が入ったコスメボックスのみ。


いつも外泊できるようにまとめてたから、その部屋に生活感がないのは当たり前なことだけどあの日だけはそれが虚しく感じてた。



唯一部屋を飾るように窓際に置いてた写真立てには、1枚しかない家族3人で写った写真が入ってた。


あたしはまだ1才にも満たない赤ちゃんで、父親も若い。


母親はあたしから見ても美人な女の人だと思えた。


あたしの長い脚とほっそりとした体型は母親似なんだ。





昔の、記憶にもない写真を持ってても無意味なのに。


どうしても捨てられないそれをわざと乱暴に掴んで、父親が用意した段ボールに放り込んだ。







つるんでた仲間に事情を話し、落ち着いたらまた遊びにくるからと言い残してあたしはあたしが育った町をでた。


付き合ってた数人の男とも別れて、小遣い稼ぎに会ってた男とも縁を切った。


ここに残れば良いのにって言ってた仲間もいたけど、面倒な繋がりを絶つには良い機会だとも思えたから迷いはなかった。






4月も中旬になって父親が新しい家に住み始めて半月は経ってたけど、あたしはその家に行く気にはなれなくて、何枚かの着替えとメイク道具と財布が入ったバッグを持ってふらふらさ迷ってた。


何回か来たことがある駅が最寄りの町だった。


この辺りを知らないわけじゃなかったけど、知り合いがいるわけでもなく愛着があるわけでもないところで半月も過ごすのはいささか参った。


ふと何を考えてたのか、あたしは気がついたら住んでた家の付近まで戻ってきてた。


無意識のうちに帰ってきてたんだ。


電車で3時間もかけて。



もう夕方になってて4月とは言っても風が肌に痛い、そんな季節の日だった。



肌に痛い寒さよりあたしを惨めにしたのは、あの部屋から暖かい光と人の話し声が洩れてきたことだった。


すでに誰かが住んでるだろうその部屋は、あたしがずっと1人生活してきた場所じゃなくなってたから。



どれくらいそこに立ち尽くしてたかわからない。


あたしがいた頃にはありえないような穏やかな笑い声がそこから聞こえてくるのを呆然と感じていた。



もう、あたしの帰る場所じゃ、ない。



そう自覚して絶望に押し潰されそうになったあたしはマンションに背を向け走り出していた。





どこをどう通ってたどり着いたかすら覚えてなかったあたしは、気がついたらずぶ濡れになって一軒の家の前で佇んでた。


雨が降ってることにも気付かなかったあたしは、県でも不良中学と有名だった学校の制服を雨で滴らせてつっ立ってた。


何時間も、そこに。



誰かの帰りを待っているかのように、門灯が点きっぱなしの家の玄関のドアに手をかける勇気なんてあたしにはなかった。


雨を吸って重くなったバッグが手から滑り落ちると、ベチャッと嫌な音を立てて転がった。



寒くて、腹も減ってた。


どうして良いのかわからず俯いて立ち尽くすあたしの耳に、タンタンタンと軽い足音が聞こえてくると次に、カチャリと控えめな音を立てて目の前の玄関が開いた。


ひょっこり顔を出したのは、濡れたように潤む大きな瞳を持った童顔な女だった。


その人はあたしを見るとびっくりしたように垂れ目を丸くしてあたしの顔を見つめた。


じーっと下から見つめられて、居心地悪かったあたしが小さくため息を吐くと、はっとしたように息を飲むその人はばっとドアを開け放った。



『‥玲奈、さんだよね?お帰りなさい』



そう言ってにっこり笑うその人は、花柄プリントの可愛らしいパジャマを着ていた。


あたしより10センチくらい小さいその人は童顔な顔立ちに似合わず大人っぽい雰囲気を持っていて。


あたしと正反対だと思った。


染めたことがないだろう黒髪は、ゆったりとウエーブがかかっててツヤツヤだし、白い肌はハリがあって綺麗。


大きい瞳は少し垂れてて、血色の良い唇は厚みがあって柔らかそうだった。


誰もが振り返るような美人ってわけじゃないけど整った顔をしているし、可愛らしいと思った。



こういう女は誰にでも愛されるんだろうなーとどこか第三者的にその人を観察してたあたしは、腕を引かれ家の中に入ってたことに気づかなかった。


鼻を掠めたラベンダーの香に、意識を現実に引き戻されたあたしは、きちんと掃除されて靴が整頓された玄関に立っていた。


タオルを持って現れたその人は、あたしのグチャグチャになった頭を優しく拭くと家に上がるように促してきた。





初対面で、家の前で、ずぶ濡れになってるおかしなあたしに、お帰りなさいと言って笑ったその人が不可解で。



なんだかいっぱいいっぱいだったあたしは何も考えられずただその人にしたがって歩いた。


ポタポタと雨を滴らせたあたしは風呂場まで連れていかれた。



『まだお湯あったかいと思うんだ。身体冷えてるからあったまっておいで』



その人は返事もしないあたしに笑顔を残して脱衣所を出て行った。


顔を上げて鏡に映る自分の姿をみたあたしは絶句ものだった。



『汚な‥』



アイラインは目尻から涙の後みたいに伸びて、アイブロウは完全に落ちてほとんど眉無し状態。


ブリーチした髪は痛みまくってて、新しく伸びた黒い髪のせいでプリンみたいになって。


カサカサした小麦色の肌に荒れた唇。


目の下のクマはくっきりと。



美容には気を使ってたあたしが半月でこんなになってたなんて驚きだった。



ノロノロと濡れて重くなった制服を脱ぎ捨て浴室に入った。





いつもシャワーですませてたから、久しぶりの湯舟は身体の芯から疲れがとれるかのように気持ちよかった。



甘い花の匂いのシャンプーも、オレンジ色の温かみある照明も、あたしには似合わないけど。


あったかい湯気に当たってほっとした。



十分あったまって身体を綺麗に洗ったあたしが浴室を出ると、あたしが脱ぎ散らかした制服は消えてて、代わりにピンクのスエットとバスタオルが置いてあった。


濡れてたバッグも簡単に水分を拭われて足元に置かれてた。


あったまった身体を包むバスタオルも、ふわふわしてて良い匂いがする。


安心する匂いだと思った。



タオルに包まったままバッグの中をあさると、しっかり中身まで雨に濡れててどうしようもなかった。


隣で洗濯機がカタカタ音を立てて動いてるのに気づいて、あたしの脱いだ服を洗ってくれたのだとわかった。


バッグに入ってた濡れた服を着るのは嫌だったから、用意されてたスエットを着ることにしたあたしはそれを広げてみた。


パサッとスエットの間から落ちたのは水色の下着。


なんとなく控えめな色合いがさっきの人を連想させた。


彼女のものだと予想したあたしは下着まで他人のを借りるのに抵抗があったけど、スエットの下になにも付けないのは落ち着かないからその下着も借りることにした。




一瞬思考が停止した。



ショーツはピッタリなのにブラのサイズがまったく合わなかった。


付けてから気づくあたしもあたしだけど。


すっかすかのブラを外して思わずラベルを見て目が点になったのは言うまでもない。



『い、いーかっぷ‥?』



ぱっと見華奢なあの人のではないことを祈りながら、あたしはブラだけそこに残して脱衣所を出た。

読んでくださってありがとうございました!!



ちょっと長くなりそうだったので切ります;

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