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往復書簡

かきつめて 見るもかいなし 藻塩草(もしおぐさ)

おなじ所に 焼くと思へば

――赤染衛門



一月二日

お母さまから手紙が届いた。


『須磨(すま)へ

頼まれていた小麦を、三俵送りました。

あなたが京に上ってもう半年になるけれど、元気にしていますか?

食べ物に苦労してるなら、お米を送った方が良かったでしょうか。

田村家の皆様も含め、家族はみんな、あなたのことをとても心配しています。

近況を教えて。

母、コヨより』



これで主たる材料は手に入れたけど、

あとこのホップ酵母(こうぼ)というのがなにか分からないし、獣脂(じゅうし)というのもどこで手に入れたらいいものやら。

「そがあなもん、ももんじ屋に行って分けてもらやあえいが」

お新ちゃんが知恵を授けてくれた。

「『山クジラ』の肉ってこと?でもクジラって魚じゃない?」

お新ちゃんはわたしの肩を引き寄せ、声を落として耳打ちした。

「あれはクジラやのうて、猪の肉ながよ。ほんなことも知らんが?」

「えーっ!だって四つ足の生き物を食べるのはご法度(はっと)…」

「やき!『山クジラ』っちゅうことにして売りゆうがよ」

「そっか。いや、たしかに、前から山に住んでるクジラってなんだろって不思議には思ってたんだ」

「あれは『薬食(くすりぐ)い』ちゅうことでお役人も目ぇつむっちゅうけんど、大(おお)っぴらに言うことやないき!ていうか、猪の油なんぞどうするが?」

「決まってるでしょ。パンに混ぜて食べんの」

「げーっ、わしゃ絶対食わんきね」


その夜、わたしはお母さまへ返事を書いた。


『お母様

小麦を受け取りました。本当にありがとうございます。

わたしは元気にしています。

街はずれの茶屋でお世話になってるので、ぜいたくは出来ませんが、食べ物には事欠(ことか)いていません。

小麦は、パンを焼くの。

出来たら、お母さまにも送りますね。

田村家のみなさまにもよろしくお伝えください。

須磨(すま)より』



一月十四日


またお母さまから返信が来た。



『須磨(すま)へ

尺乂(シャクガイ)?尺乂とは清国の武将でしょうか?

それはあなたや要造様に害を成(な)す御方(おかた)なの?

ひょっとして英吉利(イギリス)の手先でしょうか?

ああ、須磨(すま)、焼くなんて恐ろしいことを言わないで頂戴(ちょうだい)。

お願いだから危ないことをしないでください。

わたしはいつもあなたの身を案じています。

母、コヨより』



…イライラするなあ。

それはさておき、あとは、この「ホップ酵母(こうぼ)」ってやつか。

なんなのホップ酵母って。

もう、お母さまはワケわかんないし、本に書いてあることは知らない言葉だらけだし、嫌になる。

しょうがない。坂本さんに頼んで、もう一回、勝先生に聞いてもらおう。

たしか坂本さんは薩摩屋敷(さつまやしき)に世話になってるって言ってたはず。



てことで、薩摩屋敷(さつまやしき)に出向いてみたけど、

取次ぎに出てきた男の人は、わたしをくぐり戸に引っ張り込んで言った。

「不味(まず)かど。うっちで坂本さんを匿(かくま)っちょっこつは、内密じゃっで」

「す、すみません」

「じゃっどん、あいにくじゃっど、坂本さんは今、勝先生と長崎へ出かけちょいもす」

「えーーーっ!な、長崎??勝先生も?」

あー。空振りか。

帰って来るのはいつになることやら…。

わたしのがっかり感を見て気の毒に思ったのか、薩摩のお侍さんは一度奥に引っ込んで、小さな壺(つぼ)を手に戻ってくると、それをわたしに押し付けた。

「こいは、実家(じっけ)ん方から送ってきた黒砂糖(くろざと)じゃっど。帰って、みんなで食(た)べやんせ」

ひょっとして、わたし、子供だと思われてる…?

けど、思わぬところで材料のひとつが手に入ったから、よしとするか。



その日、わたしはまた返事を書いた。


『お母さまへ

尺乂(シャクガイ)ではなく、パンです。

パンは食べ物です。とても良い匂いがして、おいしいんですよ。

きっとお母様も気に入ると思います。

わたしはパンをたくさん焼いて、茶屋を助けようと思っています。

須磨(すま)より』



一月二十六日


今日はお新ちゃんと外出。

「わしの顔が利く店やき」

連れていかれたのは、薄暗い路地にある“ももんじ屋”。

よくおじさんたちが「薬食(くすりぐ)い」なんて言ってるから、わたしは薬膳(やくぜん)みたいなものかと思っていたけど、どうやらそうじゃないらしい。

「親父、話しとった、例のブツはあるかえ?」

お新ちゃんが尋ねると、暗い店の隅(すみ)に座っていた主人がぼそりと応じる。

「ああ、上物(じょうもん)だぜ?…金は?」

「用意してある」

お新ちゃんが巾着(きんちゃく)の口を開いて中を見せると、主人はあごをしゃくった。

「奥へ」

わたしたちが裏口に回ると、主人は周囲を気にしながら、油紙(あぶらがみ)でぐるぐる巻きにした塊(かたまり)を差し出した。


…坂本さんといい、猪肉といい、

わたしはただパンを作りたいだけなのに、こ、この裏稼業(うらかぎょう)感はいったい…。



茶屋に帰ると、また手紙が届いていた。



『須磨(すま)へ

わけがわかりません。

パンは兵糧(ひょうろう)ということ?

あなたは茶屋の人と一緒に、尺乂(シャクガイ)殿と戦ってるの?

ああ、恐ろしい。わたしはそんな物を食べたくありません。

早く帰ってきて。

母 コヨより』


思わず手紙を地面に叩きつけた。

「あー!いっこうに話が通じん!どう言えばわかるの!尺乂(シャクガイ)って誰だよ!?怖(こえ)えよ!」




注釈です

獣脂(じゅうし):動物の脂肪。パン生地に混ぜることで風味や食感を整える。

ももんじ屋:猪や鹿など、四つ足の獣の肉を扱う店。江戸時代には獣肉を薬として食べる「薬食い」の店として営業することが多かった。

山クジラ:猪肉の別名。四つ足の獣肉を食べることを避ける風潮の中で、猪を「山に住む鯨」と呼んだ。

薬食い(くすりぐい):獣肉を薬として食べること。江戸時代には猪や鹿などの肉を、薬効があるものとして食べる習慣があった。

四つ足:牛・馬・猪・鹿などの獣肉を指す言葉。仏教的な殺生忌避の影響から、公然と食べることを避ける風潮があった。

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