06「何はともあれ入学式」
何はともあれ、入学式である。
王立アウレリア魔術学園の大講堂に貴族子女が集まる姿は圧巻だった。
その中に、レオンハルト・ガウェイン・ユリウス・ジャヴェール……そして彼らに囲まれるクラリッサもいた。
(大丈夫。さっきはちょっと失敗したけど、まだ入学式がある)
そう、ゲーム開始直後の重要イベントは校門前だけではない。
入学式で、ヒロインであるリリア・ベルネットは新入生代表として壇上に立つ。
そして、学園生活への抱負を語るのだ。
新入生代表挨拶で語る抱負の内容は選択肢で選べる。
王子レオンハルトには国の礎となる責任感を、騎士ガウェインには人を守る意志を、ユリウスには知識への探求心を、ジャヴェールには世界を知る好奇心をアピールすると、それぞれ好感度が上がる仕組み。
「挨拶の内容は完璧に記憶してる。今度こそばっちりやり遂げてやる」
さっきの失態など、代表挨拶で上書きしてやればいい。
『リリア、極悪な笑みをやめるのだよ』
肩の上で、プルプルが小さく震えながら言う。
壇上では、学園長の長い挨拶が終わろうとしていた。
白い髭の学園長が、ゆっくりと巻物を閉じる。
「では、新入生代表の挨拶に移る――新入生代表、クラリッサ・ローゼンヴェルト嬢」
「…………は?」
思わず声が漏れた。
周囲の新入生たちが、ぱちぱちと拍手を始める。
その中で、銀の髪を揺らしながら、クラリッサが静かに立ち上がった。
「ま、まままままって新入生代表って私じゃないの……!?」
私は思わずプルプルを握りしめる。ぐえ、と妖精らしからぬ声が漏れていたが、そんなものはどうでもいい。
『男爵家の君が選ばれるはずがないだろう』
「でも私がやりたかったの!」
『ローゼンヴェルト嬢は公爵家の令嬢。剣も勉学も幼いころから神童と呼ばれるほど優秀。王太子殿下やその側近たちにも覚えめでたい才媛なのだ。新入生代表にふさわしいのだよ』
「なんであいつガキの頃からそんな活躍してんの!?」
壇上に立ったクラリッサが、講堂を見渡す。
その瞬間、ざわめいていた空気がすっと静まった。
「春の佳き日に、王立アウレリア魔術学園の門をくぐる栄誉を賜りましたこと、新入生一同、心より感謝申し上げます」
澄んだ声が講堂に響く。耳に心地よい、鈴の音のような響き。
「わたくしたちは本日より、この学び舎で魔法を学び、知を磨き、互いを尊びながら成長してまいります」
儚げな外見なのに、立ち振る舞いは凛としている。
その美しさに「ほう……」と他の男子生徒が溜息をこぼした。
悔しいけど、かっこいい。素直にそう思ってしまった。
「国を背負う責任を、民を守る勇気を、真実を探究する心を、広き世界を知る大切さを学んでいきたいです」
けど、その瞬間、私は椅子からずり落ちそうになった。
(匂わせとる!)
国を背負う責任――レオンハルト。
民を守る勇気――ガウェイン。
真実を探究する心――ユリウス。
広き世界を知る大切さ――ジャヴェール。
全ての好感度選択肢が入ってる。
全員との関係を、さりげなく、上品に、清楚に、匂わせている。
その様子を、攻略対象四人が温かい目で見守っている。
「未熟な身ではございますが、新入生一同、誠心誠意励んでまいります――新入生代表、クラリッサ・ローゼンヴェルト」
拍手が、講堂いっぱいに広がった。
クラリッサは少し恥ずかしそうに微笑みながら、壇上を降りる。
攻略対象たちの近くを通る時、レオンハルトが小さく言った。
「立派だった、リサ」
今更だけどリサってアンタ。なんでそんな愛称で呼ぶ仲になってるのよ。
『ローゼンヴェルト嬢は素晴らしいな。君も彼女を手本として励むのだよ』
「うるさい。アンタだけは私の味方をしてもらうからね」
まだだ。まだチャンスはある。
新入生代表挨拶は奪われた。
だけど、入学式にはもう一つ、絶対に外せないイベントがある。
それは鑑定の儀。
魔術学園では、新入生全員の魔法属性を改めて公開鑑定する。
その場で、ヒロインであるリリアの光属性が判明し、会場中がどよめくのだ。
光魔法、それは世界でただ一人の、聖女の証。
このイベントだけは、誰にも奪えない。
クラリッサがどれだけ優雅で、王子と仲良しで、代表挨拶を奪ってきても、属性だけはどうにもならない。
(見てなさい。ここからよ)
私は顔を上げた。
リリア・ベルネットの活躍はこれからだ――!
壇上中央に巨大な水晶が運ばれてくる。
透明な球体の中で、淡い魔力の光が揺れている。
新入生は一人ずつその水晶に手をかざし、自分の属性を鑑定される。
火、水、風、土――基本の四大元素が次々と発表されていく。
「ほら、あの子……」
「光属性っていうのは本当なのか?」
私の番が近づくにつれ、生徒たちの視線が集まる。
私が光属性だということは既に知れ渡っている。けれどみんなまだ半信半疑。
ここでどかんと私の能力を見せつけて、攻略対象たちからの注目を取り戻してみせる!
「次、リリア・ベルネット嬢」
ついに名前を呼ばれた。
(来た!)
私は意気揚々と立ち上がる。
その瞬間、近くの令嬢が小さく足を動かした。
私のつま先に、何かが引っかかる。
「うぎゃっ!」
私は見事にずっこけた。
視界の端ににやにやとほくそ笑む知らない令嬢の顔が映る。
悪役令嬢クラリッサが妨害してこないと思ったら、思わぬ伏兵がいた――!
「大丈夫か。ええと――ベルネット、だったか?」
地面とキスしてると、低く澄んだ声が降ってきた。
そこには、レオンハルトがいた。
青い瞳が心配そうに私を見ている。やっと、彼の瞳に私が映った。
「立てるか? ほら、手を――」
悪役令嬢が仕事しないから劣勢だったけど、これでやっと私にもフラグが経った!
「アンタ、応援ありがとう!」
思わずいじめっ子のモブ令嬢にお礼を叫んでしまう。
足を引っかけたらしい令嬢が、真っ青な顔で震えていた。




