表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/17

04「私は待った、イベント発生を」

 私は待った、イベント発生を。

 …………待った。


「……あれ?」


 だけど、どれだけ待っても、彼らは来なかった。

 おかしい。ゲームでは、レオンハルトたちが馬車から降りた直後、クラリッサが高笑いしながら現れるはず。


『まあ、あなたが噂の平民? ずいぶんと地味な方ですのね』


 そう言って私に近づいてくる。

 なのに、クラリッサの姿がない。


 それどころか、攻略対象たちは私の方を見てもいない。

 レオンハルトは、校門の方ではなく、馬車の反対側へ視線を向けていた。

 ガウェインも同じ方向を見ている。

 ユリウスは本を閉じた。

 ジャヴェールは、なぜか嬉しそうに笑っている。


「……ん?」


 私は首を傾げた。

 何これ……こんな演出、あった?

 次の瞬間、生徒たちのざわめきが別の色に変わった。


「クラリッサ様よ……!」

「ローゼンヴェルト公爵令嬢……!」

「今日もなんてお美しいの……」


 その名を聞いた瞬間、私は反射的に顔を上げた。

 校門の前に、もう一台の馬車が止まっていた。

 黒塗りの車体に、銀の薔薇紋。王家の馬車とは違う、けれど負けず劣らず豪奢な公爵家の馬車。


 扉が開く。


 まず見えたのは、白い手袋に包まれた細い指だった。

 それから、朝日にきらめく銀の髪。

 絹糸みたいに滑らかな長い髪が、ふわりと風に揺れる。薔薇色の瞳。白磁のような肌。薄桃色の唇。


 公爵令嬢クラリッサ・ローゼンヴェルト。


 ゲームで何度も見た、悪役令嬢。

 高慢で、わがままで、嫉妬深くて、リリアをいじめ抜き、最後には断罪されるためだけに存在する女。

 ……の、はずだった。


「リサ」


 レオンハルトが、自然な動作で彼女に手を差し出した。


「足元に気をつけて」

「ありがとうございます、殿下」


 クラリッサは、レオンハルトの手を取って馬車から降りる。

 その仕草が、信じられないほど優雅だった。


(え、ちょっと待って。今、王子が悪役令嬢をエスコートした?)


 ゲームだと、レオンハルトはこの時点でクラリッサのことを「政略で決められた婚約者」としか見ていないはずだ。

 好感度で言えば初期値マイナス寄り。冷たい態度を取るはず。


 なのに、今の声……やさしくなかった?


「人が多い。こちらへ」


 ガウェインが、すっとクラリッサの後ろに立った。

 大柄な体で、彼女を周囲の視線や人混みから守っている。


(待って、ガウェインって、序盤は女性慣れしてなくて無口すぎるせいで、リリアにしか心を開かない設定じゃなかった?)


「先日の本だ」


 ユリウスがクラリッサに小さな包みを差し出した。


「君が読みたいと言っていたものだ。入手に少し手間取った」

「まあ、覚えていてくださいましたの?」

「忘れる理由がない」


 ユリウスが自主的に他人の希望を覚えてる?

 しかも「忘れる理由がない」?

 それ、ルート終盤のデレ台詞では?


「朝露に濡れた薔薇より美しいな、クラリッサ」


 ジャヴェールが笑いながら、彼女の銀髪に引っかかっていた小さな花びらを摘まんだ。


「おや。花が君に嫉妬したらしい」

「ジャヴェール様ったら、お上手ですこと」

「本心だよ」


 今のは私に言うやつ!

 ハーレムエンド後の追加シナリオで、リリアに言ってたやつ!


「…………」


 私は口を開けたまま固まった。

 目の前では、クラリッサが攻略対象四人に囲まれている。

 王太子が手を取り、騎士が守り、魔術師が贈り物を渡し、砂漠の王子が甘い言葉を囁く。

 その中心で、クラリッサは上品に微笑んでいた。


 なにこれ。

 どういうこと。

 悪役令嬢って、こんなに歓迎されるキャラだった?


「プ、プププププルプル」

『何を動揺しているのだね』

「あれ、どういうこと……?」

『どういうことも何も、王太子たちがローゼンヴェルト公爵令嬢に挨拶をしているのだよ』

「いや、おかしいでしょ! なんでクラリッサが、攻略対象全員を侍らせてんの!?」

『侍らせているという言い方は品がないのだよ。あれは親しい友人たちに囲まれているのだ』

「友人!? あれが!? あの距離感で!?」


 どう見ても友人ではない。

 私にはわかる、あれは攻略済みの距離だ。


 私は震える指で、レオンハルトたちを順番に指差した。


「王太子は婚約者だからまだわかるとして、ガウェインは? ユリウスは? ジャヴェールは? 何で全員クラリッサの周りにいるのよ!」

『彼らは幼馴染なのだよ。付き合いが長いのだ』

「そんなわけないじゃん! 少なくともジャヴェールは今年から留学のはずだし!」

『「様」をつけるのだ! 聡明なローゼンヴェルト公爵令嬢の慧眼なる商会経営によって、彼の国との貿易は長く続いているのだ』

「そんな設定ないって! クラリッサ馬鹿のはずじゃん!!」

 

 私は、クラリッサを睨んだ。

 銀髪。薔薇色の瞳。完璧な微笑。

 ゲームでは高慢ちきな悪役令嬢だったくせに、今の彼女はどう見ても学園中の憧れだった。

 しかも攻略対象たちが、当たり前みたいに彼女を大切にしている。


 何が起きているの?

 私が、ヒロインなのに。

 今日から私の物語が始まるはずなのに。


 私は、可憐にいじめられて、攻略対象たちに助けられるはずだったのに。

 なのに、誰も私を見ていない。


 その時、クラリッサがふとこちらを見た。

 薔薇色の瞳が不思議そうに瞬いたかと思うと、彼女はつかつかとこちらへ向かってくる。

 もちろん、攻略対象四人つきで。


「ごきげんよう」


 クラリッサが、ふわりと微笑んだ。


「あなたが、リリア・ベルネット男爵令嬢ですのね」

「え、ええ。そうですけど」


 私は、なんとか可憐な声を出した。

 いじめチャンスはまだ残ってる!

 初対面の悪役令嬢には、怯えたふりをするのが正解。ここで健気さを見せれば、周囲の同情を誘える。


 けれど、クラリッサは私をいじめることなく優雅に礼をした。


「初めまして。クラリッサ・ローゼンヴェルトと申します。光魔法の適性をお持ちの聖女候補が入学なさると聞いて、ぜひご挨拶したいと思っておりましたの」

「え」

「慣れない環境で不安なことも多いでしょう。困ったことがあれば、どうぞ遠慮なくおっしゃってくださいませ」

「…………」


 私は固まった。

 何この優等生発言。

 一体、何が起きているの――!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ