表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された聖女の辺境ごはん ~私の料理を食べた人がなぜか最強になるんですが~  作者: 月代
【第一章 追放と旅立ち】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/21

第2話 辺境の村エルデ



王都から馬車を乗り継いで五日。

 セフィナは辺境の村エルデに辿り着いた。


 第一印象は、「小さい」だった。

 石造りの家が二十軒ほど、なだらかな丘に点在している。村の中央には古びた井戸と、申し訳程度の広場。その周りに、雑貨屋と酒場を兼ねたような建物が一軒。

 村の東には深い森が広がり、西には痩せた畑が続いている。

 王都の華やかさとは別世界だ。


「……素敵」


 セフィナは思わず呟いた。

 空が広い。空気が澄んでいる。鳥の声がこんなに近くに聞こえるのは、生まれて初めてかもしれない。

 王宮では、窓の外の景色さえゆっくり眺める余裕がなかったのだ。


「あんた、旅の人かい?」


 声をかけてきたのは、日に焼けた顔の中年女性だった。頭にスカーフを巻き、エプロン姿で畑から上がってきたところらしい。


「はい。あの、ガレス・ドレイクさんのご紹介で参りました。マーサさん、でいらっしゃいますか?」


「あらまあ、ガレスの! あの子ったら、手紙の一本もよこさないくせに。……ああ、あたしがマーサだよ。で、あんたは?」


「セフィナと申します。元、その……王都で少し働いていまして。事情があって、新しい暮らしの場所を探しているんです」


 聖女だったとは言わなかった。変に気を遣われるのは嫌だったし、もう聖女ではないのだから。


「ふうん。ま、事情は人それぞれだ。この村は人手が足りないくらいだし、働く気があるなら大歓迎だよ。空き家が一軒あるから、好きに使いな」


 マーサの気さくさに、セフィナの緊張がほどけた。


「ありがとうございます。あの、私、料理が得意なんです。何かお手伝いできることがあれば――」


「料理? そいつは助かる! この村の飯ときたら、塩と肉しか知らないような連中ばかりだからね。あたしも偉そうなことは言えないけど」


 マーサは豪快に笑い、セフィナを空き家まで案内してくれた。


 空き家は、こぢんまりとした平屋だった。

 土壁に木の梁。小さな窓から陽光が差し込み、埃が金色に舞っている。

 簡素な寝台と、古びたテーブル。そして――


「あら、竈がある」


 台所の隅に、煤けた石の竈があった。使い込まれた鉄鍋が一つ、横に転がっている。


「前の住人が猟師でね。自分で煮炊きしてたのさ。もう何年も前に町へ出ちまったけど」


「使っていいですか?」


「もちろん。全部あんたのだよ」


 セフィナは竈の前にしゃがみ込み、そっと手を触れた。

 石はひんやりと冷たい。でも、ここに火が入ったら。ここで料理ができたら。

 それだけで、この場所が「自分の居場所」になる気がした。


「マーサさん。この村には、食材はどんなものがありますか?」


「そうだねえ……森で獲れる鹿肉や兎肉、川魚。畑は正直あんまり育たなくてね、芋と豆くらいだ。香草は野生のが少し。あとは、月に一度の行商人が塩や小麦を持ってくるくらいかな」


「十分です」


 セフィナの目が輝いた。

 レシピ帳を開く。王宮の厨房で試行錯誤して書き溜めたレシピは、実は素朴な食材で作れるものが多い。高級食材に頼らず、工夫と手間で美味しくする。それがセフィナの料理の信条だった。


「とりあえず今夜、何か作らせてもらってもいいですか? お世話になったお礼に」


「お、いいのかい? じゃあ遠慮なく。村の連中も呼ぶよ。みんなあんたに興味津々だろうしね」


 マーサは嬉しそうに出ていった。


 セフィナは早速、家の掃除に取りかかった。窓を開け放し、埃を払い、床を拭く。竈の煤を落とし、鉄鍋を磨く。

 聖女時代、身の回りのことは侍女たちがやってくれていた。でも、セフィナは自分で動くのが好きだった。体を動かすと、余計なことを考えずに済む。


 午後になると、マーサが食材を持ってきてくれた。

 鹿肉の塊、川魚を数匹、芋、豆、野生のローズマリーとタイム。


「これだけあれば十分です」


 セフィナはエプロンを締めた。

 レシピ帳をめくりながら、今夜のメニューを決める。


 鹿肉の赤ワイン煮込み――は、ワインがない。

 では、鹿肉の香草焼き。芋のポタージュ。川魚のハーブ蒸し。豆のガレット。


 王宮のように豪華な食材はないけれど、セフィナの引き出しは深い。

 鹿肉は丁寧に筋を取り、塩と香草で下味をつける。芋は薄く切って水にさらし、甘みを引き出す。川魚は内臓を取り、腹にタイムを詰める。

 竈に火を入れると、家全体がじんわりと温まった。


 料理をしている時間は、いつだって幸せだ。

 食材と対話するように、手を動かす。火加減を見極め、香りを確かめ、味を整える。

 それは祈りに似ている、とセフィナは思う。

 でも、祈りよりもずっと自由で、ずっと楽しい。


 夕方になると、マーサの声が外から聞こえた。


「セフィナちゃん、みんな来たよー!」


 ドアを開けると、村人たちが十人ほど集まっていた。

 猟師風の屈強な男。赤ら顔の老人。子どもを抱えた若い母親。好奇心いっぱいの子どもたち。

 みんな、少し緊張した面持ちでセフィナを見ている。


「はじめまして、セフィナです。今日はささやかですが、お食事を用意しました。よかったら召し上がってください」


 テーブルに並べた料理を見て、村人たちの目が丸くなった。


「え、これ全部あの食材で作ったの?」

「なんだこの匂い……すげえいい匂いがする……」

「鹿肉ってこんな風にできるんだ」


 最初に箸を――正確にはフォークをつけたのは、村一番の猟師だという大男のボルスだった。


 鹿肉の香草焼きを一口。


 もぐ、もぐ。


「…………」


 沈黙が流れた。


 村人たちが固唾を飲んで見守る中、ボルスはゆっくりとフォークを置き――


「……うめえ」


 その一言に、堰を切ったように全員が料理に群がった。


「何これ、芋がこんなに甘いの初めて!」

「魚の臭みが全然ない! むしろ香りがいい!」

「この豆の焼いたやつ、外はカリカリで中はもちもちで……なにこれ……」


 子どもたちは目を輝かせ、大人たちは感嘆の声を上げた。

 マーサなどは涙ぐんでいる。


「あんた、天才だよ。この村に来てくれてよかった……」


「あはは、大袈裟ですよ。普通の家庭料理ですってば」


 セフィナは照れ笑いを浮かべながら、みんなが美味しそうに食べる姿を眺めた。


 この景色が、好きだ。

 自分の料理で、誰かが笑ってくれる。

 聖女として人々を癒していた時とは、また違った温かさが胸に広がる。


 ここで暮らそう、とセフィナは決めた。

 もう聖女でなくていい。ここで料理を作って、静かに暮らす。

 それだけで十分幸せだ。


 ――そう思っていた。


 異変に気づいたのは、翌朝のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ