第18話 帰る場所
王都の危機は去った。
セレスティナの新しい結界は安定し、魔物の侵入は完全に止まった。市街地の復興が始まり、避難していた市民たちも少しずつ日常を取り戻していく。
セフィナは滞在中も休むことなく料理を作り続けた。復興作業に携わる人々に食事を届け、病院では患者に粥を作り、孤児院では子どもたちにクッキーを焼いた。
「セフィナ様、どうかこのまま王都にお残りください」
ヴァレリウスが頭を下げた。あの傲慢な神殿長が、深々と。
「あなたの力は、この国に不可欠です。聖女の地位を回復し、相応の待遇を――」
「神殿長様」
セフィナは静かに首を振った。
「私には帰る場所があるんです」
エルデ村。
マーサの笑顔。ボルスの豪快な声。子どもたちの歓声。
あの小さな村の、あの小さな竈が、セフィナの居場所だ。
「セレスティナさんがいれば、大丈夫です。あの子は強い。私なんかよりずっと」
「しかし……」
「それに、私が残ったらセレスティナさんが遠慮してしまうでしょう? あの子には、自分の力で、自分の道を歩いてほしいんです」
ヴァレリウスは何も言えなかった。
十五年間この女性の力を過小評価し、追放に賛同した自分に、引き止める資格などない。
「……申し訳ありませんでした」
「謝らなくていいですよ、神殿長様。おかげで私、自分の本当にやりたいことが見つかりましたから」
出発の朝。
神殿の門前に、セレスティナが待っていた。
「セフィナ様」
「セフィナ『さん』ですよ」
「……セフィナさん」
セレスティナは深く頭を下げた。
「ありがとうございました。あなたがいなければ、私は……」
「セレスティナさん。一つ、お願いがあります」
「何でしょう」
「たまには休んでくださいね。毎日毎日祈り続けなくていいんです。結界は、あなたが元気でいることが一番の支えになりますから」
セレスティナの目が潤んだ。
「それと、もう一つ。料理、覚えてみませんか?」
「え?」
「自分のために何かを作るって、すごくいいことなんですよ。疲れた時に温かいスープを作って飲むとか。甘いものが食べたい時にクッキーを焼くとか。……聖女である前に、一人の女の子なんですから」
セレスティナの目から、大粒の涙がぽろぽろと落ちた。
「は、はい……覚えます。料理、覚えます……!」
「えらい。じゃあ、これ」
セフィナは一冊のレシピ帳を差し出した。セフィナが手書きで書き起こした、初心者向けの簡単レシピ集だ。
「私のレシピの中から、簡単なものを選んで書いておきました。まずはスープから始めるといいですよ」
セレスティナはレシピ帳を胸に抱きしめた。
「セフィナさん。……いつか、エルデ村に遊びに行ってもいいですか」
「もちろん。いつでも来てください。最高のごはんを作って待ってます」
二人の聖女は、笑顔で抱き合った。




