第17話 王太子の末路
「よくぞ戻った、セフィナ」
クラウディウスは、聖堂の中央に歩み出た。
周囲の空気が凍りついた。
ガレスが剣の柄に手をかけ、ルカが殺気を放ち、クロエが身構える。
だが、セフィナは穏やかだった。
「お久しぶりです、クラウディウス殿下」
「うむ。お前の力が必要だとは、私も認めよう。これからは再び聖女として――」
「お断りします」
静かな、しかし揺るぎない声だった。
クラウディウスの言葉が途切れた。
「……何だと?」
「聖女には戻りません。私は今回、困っている人たちにごはんを作りに来ただけです。結界はセレスティナさんが立派に張り直してくれました。もう私の出番はありません」
「ふざけるな。結界が戻ったのはお前の力があってこそだろう。お前なしでは――」
「殿下」
セフィナが、初めてクラウディウスの言葉を遮った。
「セレスティナさんの力は本物です。足りなかったのは力ではなく、支えてくれる人と、立ち上がるための時間でした。それを奪ったのは、殿下です」
クラウディウスの顔が赤くなった。
「私を責めるか。お前は聖女として――」
「聖女ではありません、と申し上げました」
セフィナは微笑んだ。穏やかだが、その目は真っ直ぐにクラウディウスを見据えている。
「殿下が『用済みだ』と仰った通り、私はもう聖女ではありません。ただの料理人です。ただの料理人が、困っている人を放っておけなかっただけ。それ以上でも以下でもありません」
「だったらなぜ戻ってきた! 聖女でもないお前が、なぜ王都を救えた!」
「料理を作っただけですよ。温かいごはんを、みんなに」
クラウディウスは言葉に詰まった。
聖堂には、いつの間にか多くの人が集まっていた。騎士たち、神官たち、避難していた市民たち。全員が、このやり取りを見守っている。
「殿下。一つだけ聞いてもいいですか」
「……何だ」
「殿下は、この三日間で何をされましたか」
沈黙。
セフィナが料理を作り、セレスティナが結界を張り直し、ガレスが騎士団を指揮し、ルカが魔物を討伐している間。
クラウディウスは、王宮の奥で震えていた。
誰もがそれを知っていた。
「結界が崩壊した時、殿下は騎士団に指示を出しましたか。市民の避難を指揮しましたか。セレスティナさんが倒れた時、駆けつけましたか」
クラウディウスの唇が震えた。
「私に助けを求めたのはガレスさんです。殿下ご自身の言葉ではなかった。……殿下は、この国のために何をされたのですか」
聖堂に集まった人々の目が、一斉にクラウディウスに向いた。
その目には、もう敬意はなかった。
「黙れ……黙れ! 私は王太子だぞ!」
「王太子であるならば、民を守るのがお務めでしょう」
セフィナの声は、最後まで穏やかだった。怒りではなく、悲しみでもなく。ただ、事実を述べているだけだった。
それが、誰の言葉よりも重く響いた。
クラウディウスは、逃げるように聖堂を出ていった。
その後ろ姿を、誰も追わなかった。




