第16話 二人の聖女
セレスティナの回復は驚異的だった。
セフィナの粥を三日間食べ続けた結果、魔力は完全に回復。それどころか、以前を上回る魔力量を得ていた。
その間、セフィナは休むことなく働いた。
神殿の厨房を拠点に、避難している市民たちに食事を提供し続けたのだ。大鍋でスープを炊き、パンを焼き、おにぎりのように握った穀物の団子を配った。
材料は限られていたが、セフィナの手にかかれば、わずかな食材が何百人分もの料理に化ける。
「聖女様の、ごはんだ……」
「あったかい……」
「体が楽になる……痛みが引いていく……」
避難民たちの間に、涙と笑顔が広がった。
怪我人は回復し、病人は快方に向かい、絶望に沈んでいた人々の目に光が戻る。
「セフィナさんの料理を食べた騎士たちが、別人のように強くなっています!」
ガレスのもとに、次々と報告が上がった。
「北門の防衛隊が、大型魔物三体を返り討ちにしました!」
「東門では、一般市民まで魔物と戦い始めています! しかも勝ってます!」
セフィナの料理の効果は、エルデ村で実証済みだ。騎士も市民も、一食で戦闘力が跳ね上がる。
「すごいな……」
ガレスは呆然とした。
たった一人の料理人が、壊滅しかけていた王都の防衛力を立て直している。剣でも魔法でもなく、温かい食事で。
三日目の朝。
セレスティナがベッドから立ち上がり、セフィナのもとを訪れた。
「セフィナ様。私、もう大丈夫です。……結界の再構築を試みたいのですが、力を貸していただけますか」
「もちろん。でも、やり方を少し変えましょう」
セフィナはセレスティナを聖堂に連れ出し、結界の祭壇の前に立った。
「セレスティナさん、あなたの適性値は【21】。私の三倍です。瞬間的な力は、あなたの方がずっと上」
「でも、結界は……」
「結界が私の魔力に最適化されてしまっていたのは確かです。でも、それは『型』を作り直せばいい。あなたの魔力で、あなたの結界を作るんです」
「私の、結界……?」
「ええ。私の真似をしなくていい。あなたの力で、あなたなりの結界を張ってください。私は……お手伝いをします」
セフィナはポケットから、小さな包みを取り出した。
中身は、今朝焼いたばかりのクッキーだった。
「はい、これ食べて。力が出ますよ」
「こんな時にクッキー……」
セレスティナは苦笑しながらも、一口かじった。
バターと蜂蜜の甘さが口に広がる。同時に、体の中で魔力が躍動するのを感じた。
「……すごい。魔力が、溢れてくる……」
「今です。セレスティナさん、今のあなたなら、きっとできます」
セレスティナは深呼吸をして、両手を天に掲げた。
適性値【21】の聖なる力が解放される。
だが、今回は無理に旧い結界を再現しようとしない。自分の魔力を、自分のやり方で、空に向かって放つ。
同時に、セフィナも祈った。
声には出さない。ただ、心の中で。
この子の力が、最大限に発揮されますように。この結界が、この国を守りますように。
【神の祝福】が、セレスティナの魔力を包み込んだ。
セフィナの力は、直接結界を作るのではない。セレスティナの力を「強化」するのだ。
増幅され、浄化され、最適化されたセレスティナの魔力が、新しい結界として空に展開されていく。
王都の上空に、光の膜が広がった。
それは、セフィナの結界とは違う色をしていた。セフィナの結界が淡い金色だったのに対し、セレスティナの結界は銀色に輝いている。
だが、その輝きは力強く、隙がない。
「結界が……戻った……!」
城壁の騎士たちが歓声を上げた。
銀色の結界に触れた魔物たちが弾き飛ばされ、悲鳴を上げて逃げ散っていく。
「できた……私にも、できた……!」
セレスティナの顔に、初めて聖女としての誇りが浮かんだ。
「セフィナ様、私……!」
「よく頑張りました、セレスティナさん」
セフィナは満面の笑みで頷いた。
「あなたの結界、とても綺麗ですよ。私のより、ずっと」
聖堂の入り口で、その光景を見ていた者たちがいた。
ガレスは、鎧の袖で目元を拭った。
ルカは、腕を組んで天を仰いだ。
クロエは、手帳に何かを書き留めていた。密偵の報告書ではなく、もっと個人的な記録を。
そして――
聖堂の柱の影に、クラウディウスが立っていた。




