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追放された聖女の辺境ごはん ~私の料理を食べた人がなぜか最強になるんですが~  作者: 月代
【第四章 聖女の選択】

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第15話 王都到着


三日後。


 馬車から見えた王都の姿に、セフィナは言葉を失った。


 かつて白亜の城壁に囲まれた美しい都は、無残に変わり果てていた。

 城壁には何箇所もの穴が開き、市街地には焼け焦げた建物が並んでいる。道端には瓦礫が散乱し、避難民が疲れ切った顔で座り込んでいた。


 空を見上げると、聖樹の姿があった。

 かつて翠緑に輝き、王都を見守っていた神木。今は灰色に枯れ果て、枝は力なく垂れ下がっている。


「聖樹……」


 セフィナの胸が痛んだ。

 毎朝話しかけていた。水をやり、幹を撫で、新しい芽を見つけては喜んだ。

 あの木は、セフィナにとって友人のような存在だった。


「セフィナ様!」


 城門で待っていた騎士たちが駆け寄ってきた。ガレスが伝令を飛ばしていたのだ。


「前聖女様がお戻りに――」


「聖女ではありません」


 セフィナは穏やかに、しかしはっきりと訂正した。


「私は料理人のセフィナです。困っている方々にごはんを作りに来ました。……まず、セレスティナさんのところに案内してもらえますか?」


 騎士たちは面食らったが、ガレスが頷いたのを見て、すぐにセフィナを神殿に案内した。


 神殿の奥、聖女の私室。

 薄暗い部屋のベッドに、セレスティナが横たわっていた。


 蒼白な顔。閉じられた瞼。荒い呼吸。

 魔力枯渇による昏睡状態。通常の治癒魔法では回復が難しく、自然回復を待つしかないと神官たちは言っていた。


「セレスティナさん……」


 セフィナはベッドの横にしゃがみ、少女の手をそっと握った。

 冷たい。氷のように冷たい手だった。


「頑張ったんですね。一人で、ずっと」


 セフィナは目を閉じた。

 この子に、あの重荷を背負わせてしまった。引き継ぎを、とセフィナが願ったのを、クラウディウスが遮った。あの時、もっと強く主張していれば。


 後悔しても仕方がない。今、できることをしよう。


「ルカさん、採ってきてもらった銀月草と星露茸、ありますか?」


「ここに」


 ルカが布袋を差し出した。山越えの際に、わざわざ岩場と洞窟に立ち寄って採取してくれた貴重な食材だ。


「厨房を借りられますか?」


 神官が慌てて案内した厨房は、王宮時代にセフィナがこっそり使っていた場所だった。懐かしい竈と作業台。何も変わっていない。


 セフィナはエプロンを締めた。


 銀月草は月光を蓄える性質を持つ薬草で、微かに発光している。これを細かく刻み、澄んだ水で煮出す。

 星露茸は洞窟の天井に逆さに生える希少な茸で、魔力を多く含む。薄くスライスして、山羊乳と合わせる。

 そこにエルデ村から持ってきた蜂蜜を加え、弱火でゆっくりと温める。


 銀月草のお粥。


 シンプルな料理だ。だが、セフィナの手を通すことで、それは単なる薬膳を超えたものになる。


 煮込みながら、セフィナは祈った。

 いつもの、無意識の祈り。

 この子が元気になりますように。この子の魔力が戻りますように。この子が、笑えますように。


 【神の祝福】が、粥に注がれていく。

 淡い金色の光が、一瞬だけ鍋の表面を照らした。

 セフィナはそれに気づかない。


「できました」


 器に盛った粥を持って、セレスティナの部屋に戻る。


「意識がない状態で食べられるんですか?」


 クロエが心配そうに尋ねた。


「大丈夫。少しずつ口に含ませれば」


 セフィナはセレスティナの頭を優しく支え、匙で少量の粥を唇に運んだ。


 とろり、と粥がセレスティナの口に流れ込む。

 嚥下反射で、ゆっくりと喉を通っていく。


 一口。

 二口。

 三口。


 四口目を運んだ時、セレスティナの指がぴくりと動いた。


「……ぅ……」


 小さな呻き声。閉じていた瞼が震える。


「セレスティナさん、わかりますか? セフィナです」


「セフィ……ナ、さま……?」


 琥珀の瞳が、ゆっくりと開いた。

 焦点の合わない目が、セフィナの顔を捉える。


「……夢、ですか……?」


「夢じゃないですよ。ほら、もう少し食べてください。おいしいですよ」


 セフィナが匙を差し出すと、セレスティナは反射的に口を開けた。

 粥を飲み込んだ瞬間、セレスティナの目が大きく見開かれた。


「あったかい……」


 体の芯から、温もりが広がっていく。

 枯渇していた魔力が、泉のように湧き上がってくる。凍りついていた魔力経路が、粥の温もりでゆっくりと解凍されていく。


「おいしい……おいしいです、セフィナ様……」


 セレスティナの目から、涙が溢れた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで、あなたの場所を……」


「あなたのせいじゃないですよ」


 セフィナは優しくセレスティナの頭を撫でた。


「あなたは何も悪くない。あなたは、あなたにできることを精一杯やった。それはすごいことです」


「でも、結界は……聖樹は……」


「大丈夫。一緒にやりましょう。一人でなくていいんです」


 セレスティナは声を上げて泣いた。

 追放されたセフィナの代わりに聖女になってから、ずっと張り詰めていた。誰にも弱音を吐けず、「適性値が三倍なのだから当然できるはず」というプレッシャーに押しつぶされそうになりながら。

 初めて、「頑張ったね」と言ってもらえた。

 初めて、「一人でなくていい」と言ってもらえた。


 セフィナはセレスティナが泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けた。

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