第15話 王都到着
三日後。
馬車から見えた王都の姿に、セフィナは言葉を失った。
かつて白亜の城壁に囲まれた美しい都は、無残に変わり果てていた。
城壁には何箇所もの穴が開き、市街地には焼け焦げた建物が並んでいる。道端には瓦礫が散乱し、避難民が疲れ切った顔で座り込んでいた。
空を見上げると、聖樹の姿があった。
かつて翠緑に輝き、王都を見守っていた神木。今は灰色に枯れ果て、枝は力なく垂れ下がっている。
「聖樹……」
セフィナの胸が痛んだ。
毎朝話しかけていた。水をやり、幹を撫で、新しい芽を見つけては喜んだ。
あの木は、セフィナにとって友人のような存在だった。
「セフィナ様!」
城門で待っていた騎士たちが駆け寄ってきた。ガレスが伝令を飛ばしていたのだ。
「前聖女様がお戻りに――」
「聖女ではありません」
セフィナは穏やかに、しかしはっきりと訂正した。
「私は料理人のセフィナです。困っている方々にごはんを作りに来ました。……まず、セレスティナさんのところに案内してもらえますか?」
騎士たちは面食らったが、ガレスが頷いたのを見て、すぐにセフィナを神殿に案内した。
神殿の奥、聖女の私室。
薄暗い部屋のベッドに、セレスティナが横たわっていた。
蒼白な顔。閉じられた瞼。荒い呼吸。
魔力枯渇による昏睡状態。通常の治癒魔法では回復が難しく、自然回復を待つしかないと神官たちは言っていた。
「セレスティナさん……」
セフィナはベッドの横にしゃがみ、少女の手をそっと握った。
冷たい。氷のように冷たい手だった。
「頑張ったんですね。一人で、ずっと」
セフィナは目を閉じた。
この子に、あの重荷を背負わせてしまった。引き継ぎを、とセフィナが願ったのを、クラウディウスが遮った。あの時、もっと強く主張していれば。
後悔しても仕方がない。今、できることをしよう。
「ルカさん、採ってきてもらった銀月草と星露茸、ありますか?」
「ここに」
ルカが布袋を差し出した。山越えの際に、わざわざ岩場と洞窟に立ち寄って採取してくれた貴重な食材だ。
「厨房を借りられますか?」
神官が慌てて案内した厨房は、王宮時代にセフィナがこっそり使っていた場所だった。懐かしい竈と作業台。何も変わっていない。
セフィナはエプロンを締めた。
銀月草は月光を蓄える性質を持つ薬草で、微かに発光している。これを細かく刻み、澄んだ水で煮出す。
星露茸は洞窟の天井に逆さに生える希少な茸で、魔力を多く含む。薄くスライスして、山羊乳と合わせる。
そこにエルデ村から持ってきた蜂蜜を加え、弱火でゆっくりと温める。
銀月草のお粥。
シンプルな料理だ。だが、セフィナの手を通すことで、それは単なる薬膳を超えたものになる。
煮込みながら、セフィナは祈った。
いつもの、無意識の祈り。
この子が元気になりますように。この子の魔力が戻りますように。この子が、笑えますように。
【神の祝福】が、粥に注がれていく。
淡い金色の光が、一瞬だけ鍋の表面を照らした。
セフィナはそれに気づかない。
「できました」
器に盛った粥を持って、セレスティナの部屋に戻る。
「意識がない状態で食べられるんですか?」
クロエが心配そうに尋ねた。
「大丈夫。少しずつ口に含ませれば」
セフィナはセレスティナの頭を優しく支え、匙で少量の粥を唇に運んだ。
とろり、と粥がセレスティナの口に流れ込む。
嚥下反射で、ゆっくりと喉を通っていく。
一口。
二口。
三口。
四口目を運んだ時、セレスティナの指がぴくりと動いた。
「……ぅ……」
小さな呻き声。閉じていた瞼が震える。
「セレスティナさん、わかりますか? セフィナです」
「セフィ……ナ、さま……?」
琥珀の瞳が、ゆっくりと開いた。
焦点の合わない目が、セフィナの顔を捉える。
「……夢、ですか……?」
「夢じゃないですよ。ほら、もう少し食べてください。おいしいですよ」
セフィナが匙を差し出すと、セレスティナは反射的に口を開けた。
粥を飲み込んだ瞬間、セレスティナの目が大きく見開かれた。
「あったかい……」
体の芯から、温もりが広がっていく。
枯渇していた魔力が、泉のように湧き上がってくる。凍りついていた魔力経路が、粥の温もりでゆっくりと解凍されていく。
「おいしい……おいしいです、セフィナ様……」
セレスティナの目から、涙が溢れた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで、あなたの場所を……」
「あなたのせいじゃないですよ」
セフィナは優しくセレスティナの頭を撫でた。
「あなたは何も悪くない。あなたは、あなたにできることを精一杯やった。それはすごいことです」
「でも、結界は……聖樹は……」
「大丈夫。一緒にやりましょう。一人でなくていいんです」
セレスティナは声を上げて泣いた。
追放されたセフィナの代わりに聖女になってから、ずっと張り詰めていた。誰にも弱音を吐けず、「適性値が三倍なのだから当然できるはず」というプレッシャーに押しつぶされそうになりながら。
初めて、「頑張ったね」と言ってもらえた。
初めて、「一人でなくていい」と言ってもらえた。
セフィナはセレスティナが泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けた。




