第12話 王太子の命令
市街地の被害は拡大していた。
騎士団は奮戦していたが、魔物の数が多すぎた。負傷者が増え、防衛線が後退していく。市民は王宮と神殿に避難しているが、それもいつまで持つかわからない。
謁見の間で、クラウディウスは蒼白な顔をしていた。
取り巻きの貴族たちは一人もいない。危機が訪れた途端、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。残っているのは、王と王妃、そして数人の側近だけだ。
「殿下、もはや手の打ちようがありません」
宰相が深刻な顔で報告する。
「近隣の領地に援軍を要請しましたが、到着まで最低三日。それまで王都が持つかどうか……」
「セレスティナは何をしている!」
「聖女様は魔力枯渇で意識不明です。回復の見込みは立っておりません」
クラウディウスの拳が、玉座の肘掛けを叩いた。
「使えない……!」
その言葉に、側近たちの表情が凍りついた。
一ヶ月前、同じ口がセフィナに向けた言葉と、瓜二つだったからだ。
「殿下」
ガレスが、血に汚れた鎧のまま謁見の間に入ってきた。
「前線の状況は深刻です。このままでは明日までに王宮も危険になります。……殿下、提案があります」
「何だ」
「前聖女セフィナ・フォルトゥーナ様に助けを求めるべきです」
謁見の間が静まり返った。
「……何を言っている」
クラウディウスの声が低くなった。
「用済みだと追放した女に、頭を下げろと言うのか。この私に」
「殿下の面子と、王都の民の命と、どちらが重いですか」
ガレスは一歩も引かなかった。
普段は忠実な副騎士団長が、初めて王太子に噛みついた。
「セフィナ様は辺境のエルデ村にいます。私が直接赴いて、お願いしてまいります」
「……赴いて、どうする。あの女が来るとでも思うのか。追い出した我々のために」
「それでも、頼むしかありません。セフィナ様なら――あの方なら、来てくれます」
ガレスの確信に満ちた声に、クラウディウスは唇を噛んだ。
長い沈黙の後。
「……好きにしろ」
それが、クラウディウスの精一杯だった。「頼んでくれ」とも「連れ戻せ」とも言えない。自分が間違っていたと認めることが、どうしてもできない。
ガレスは一礼して踵を返した。
謁見の間を出る際、すれ違った老宰相が小声で言った。
「ガレス副団長。……頼みましたぞ」
「はい」
ガレスは騎士五人を選び、早馬でエルデ村に向かった。
王都からエルデ村まで、通常は馬車で五日。だが、今のガレスには時間がない。
最短ルートを走り、馬を替え、眠らずに駆け続ければ、二日で着ける。
夜の街道を疾走しながら、ガレスはセフィナの顔を思い浮かべた。
あの日、王宮の正門でセフィナを見送った時の、彼女の笑顔。
泣きそうなのに笑っていた、あの顔。
自分はあの時、もっと強く引き止めるべきだったのだ。
「セフィナ様……どうか、力を貸してください」
馬の蹄音が、夜の闇に響いた。




