第11話 崩壊の日
その日は、何の前触れもなく訪れた。
早朝、王都を包んでいた神聖結界が、ガラスのように砕け散った。
空に走った亀裂を、最初に目にしたのは城壁の歩哨だった。淡い光の膜に無数のひびが入り、それが蜘蛛の巣のように広がっていく。歩哨が警鐘を鳴らそうと手を伸ばした時には、もう遅かった。
轟音とともに結界が消滅し、その瞬間を待っていたかのように、王都の北門に魔物の群れが殺到した。
ブレイドベア、ストーンゴーレム、ダイアウルフ。
本来なら辺境の森に棲む中型・大型魔物が、数十体の群れをなしている。結界の消失を本能で感じ取り、一斉に押し寄せてきたのだ。
「全騎士団、迎撃態勢! 市民の避難を最優先!」
副騎士団長ガレスが号令を発した。
騎士団長は先月の視察中に魔物に負傷し、いまだ療養中。実質的な指揮はガレスが執っている。
騎士たちは勇敢に戦った。だが、多勢に無勢だ。結界があった頃は侵入を許さなかった魔物たちを、人の手だけで防ぐのは至難の業だった。
北門が突破された。
続いて東門にも魔物が群がる。
市街地で悲鳴が上がり、建物が破壊される音が響く。
「セレスティナ様! 結界の再構築を!」
神殿で、ヴァレリウスが叫んだ。
セレスティナは聖堂の中央に立ち、両手を天に掲げていた。全身から聖なる光が溢れ、適性値【21】の力が解放される。
「結界よ……蘇りなさい……!」
光が天に向かって伸び、結界の痕跡を辿ろうとする。
だが、セフィナが十五年かけて織り上げた結界の「型」は、セレスティナの魔力では再現できなかった。力を注いでも注いでも、砂に水を撒くように消えていく。
「嘘……どうして……私の力は、セフィナ様の三倍のはずなのに……!」
セレスティナの目から涙が溢れた。
適性値は、瞬間的な出力を測る数値に過ぎない。
セフィナの結界は、十五年分の祈りが積層した芸術品だった。毎日少しずつ、心を込めて塗り重ねた幾千もの薄い層が、分かちがたく融合して一つの堅牢な盾になっていた。
それを、たった一ヶ月で再現できるはずがない。三倍の力があろうと、千倍の力があろうと。
「もっと……もっと力を……!」
セレスティナは自分の限界を超えて魔力を放出した。
体が悲鳴を上げている。視界がぼやける。手足の感覚がなくなる。
「セレスティナ様、おやめください! このままでは!」
ヴァレリウスの制止も聞こえない。
最後の力を振り絞った瞬間、セレスティナの意識は暗転した。
崩れ落ちる少女の体を、神官たちが慌てて抱き止める。
「セレスティナ様!」
「脈はあります、しかし魔力が完全に枯渇して……!」
ヴァレリウスは蒼白な顔で、倒れたセレスティナを見下ろした。
十六歳の少女に、十五年分の負債を押しつけた結果がこれだ。
「……私は、何をしてきたのだ」
その呟きに答える者はいなかった。




