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追放された聖女の辺境ごはん ~私の料理を食べた人がなぜか最強になるんですが~  作者: 月代
【第二章 招かれざる客たち】

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第10話 噂は広がり、王都は沈む


セフィナがエルデ村に来て一ヶ月。


 村の変化は、もう「奇跡」と呼ぶしかないレベルに達していた。


 畑は季節外れの作物まで実らせ、収穫量は以前の十倍を超えた。余った農作物を近隣の町に売ることで、村の財政は一気に潤った。

 ボルスは森のダンジョンを定期的に周回し、素材を売却して安定した収入を得ている。ルカもダンジョン攻略を手伝い、二人でBランク以上の依頼を次々とこなしていた。冒険者ギルドでは「辺境の二人組」として名が知られ始めている。

 マーサの大地魔法は日に日に洗練され、今や畑の管理はほぼ一人でこなせるようになった。

 子どもたちの魔法の腕前は、王都の魔法学院の生徒にも引けを取らないほどだ。


 そして、クロエは「行商人」として村に残りながら、密かにセフィナたちを守る防諜活動を行っていた。


 噂は、もう辺境全体に広がっていた。


「エルデ村に行けば強くなれる」

「伝説の料理人がいる」

「あの村の飯を食えば、病も治るし、力も湧く」


 近隣の村から、人が訪れるようになった。

 病気の子どもを抱えた母親。怪我で引退を考えていた冒険者。収穫が振るわず困っている農家。

 セフィナは、来る者すべてに料理を振る舞った。


「はい、召し上がれ」


 その一言と一皿が、何人もの人生を変えていく。

 病気の子どもは翌日には元気に走り回り、怪我の冒険者は完治どころか以前より強くなり、農家は持ち帰った「残り汁肥料」で不作の畑を蘇らせた。


「セフィナさん、あんたは本当に料理しかしてないのかい?」


 村長のヨハンが、ある夕食後に尋ねた。


「はい。料理しかしてませんよ?」


「……まあ、そうだろうなあ」


 ヨハンは遠い目をした。

 この老村長は、長い人生経験から薄々察していた。セフィナの料理が「ただの料理」ではないことを。だが、それを暴くつもりはなかった。

 理由がどうあれ、セフィナがこの村を変えてくれたのは事実だ。それで十分だった。


 一方、王都では。


 事態は悪化の一途を辿っていた。


 聖樹は、もはや枯れ木同然だった。わずかに残った葉も茶色く変色し、幹からは光が消えた。

 結界は風前の灯火。先週だけで中型魔物が三体侵入し、騎士団は対応に追われていた。

 さらに、原因不明の疫病が王都の下町で発生。神殿の治癒師たちが対応にあたっているが、セレスティナの治癒魔法は結界維持に注力しているため手が回らない。


「クラウディウス殿下、もはや猶予がありません」


 神殿長ヴァレリウスが、珍しく強い口調で王太子に進言した。


「結界の崩壊は時間の問題です。密偵の報告では前聖女は見つからなかったとのことですが、別の手段を――」


「黙れ」


 クラウディウスは不機嫌に遮った。


「セレスティナの力で十分だと言っただろう。結界が弱まっているのは、前任者の管理が杜撰だったからだ。時間が経てばセレスティナが適応する」


「しかし殿下、疫病も――」


「疫病ごときで騒ぐな。薬師に任せておけ」


 ヴァレリウスは唇を引き結んだ。

 もはやこの王太子に期待するのは無駄だと悟った。だが、自分もまたセフィナの追放に賛同した身。今さら「間違いでした」とは言えない。保身が、正しい判断を阻んでいた。


 謁見の間を出たヴァレリウスは、廊下でセレスティナとすれ違った。


 少女の顔は蒼白だった。目の下に深い隈があり、頬はこけている。連日の祈りで消耗しきっているのは明らかだ。


「セレスティナ様、お加減は……」


「大丈夫です。……大丈夫ですから」


 セレスティナは無理に微笑んだ。だが、その声は震えていた。


「神殿長様、あの……セフィナ様は、毎日こうして祈り続けていらしたのですか」


「ああ……十五年間、一日も欠かさず」


「十五年……」


 セレスティナの目に、複雑な感情が渦巻いた。

 敬意と、罪悪感と、そして自分自身への絶望。


 適性値【21】。セフィナの三倍。

 数字の上では圧倒的に優れているはずなのに、セフィナが十五年かけて築いたものを、何一つ引き継げない。

 数値では測れないもの。積み重ねの重み。心を込め続けた歳月の厚み。

 セレスティナには、それがわかり始めていた。


「……セフィナ様に、お会いしたい」


 小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。


 この時、まだ誰も知らなかった。

 王都の危機が最悪の形で顕在化するまで、あと二週間。

 結界が完全に崩壊し、大型魔物の群れが王都に雪崩れ込むその日まで。


 そしてその時、人々がすがるのは、新しい聖女でも、王太子でもなく、辺境で料理を作り続ける一人の女性であることを。



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