噂の影
村の朝は、いつもより少しざわついていた。
スタンリーはリナを小屋の中に閉じ込めるようにして、外へ出ていた。
「絶対に出るな」
その言葉は、もう命令に近かった。
32歳の男は井戸で水を汲み、薪を割り、畑の雑草を抜く。
手つきは正確で、無駄がない。
まるで、何度も人を切り裂いたような冷たい動きだった。
リナ(12歳)は小屋の窓から、外の兄さまを見つめていた。
胸が痛い。
異母兄妹であることを、彼女だけが知っている。
おじさまは悪人だった。
人さらいとして、多くの娘をさらってきた冷徹な男。
でも、私にだけは父親のように優しかった。
今は記憶を失い、ただ「守りたい」とだけ言う兄さま。
カイル(15歳)とグリム(ゴブリンの少年)が、村の道を歩いてきた。
カイルの顔が少し硬い。
カイル「おい、スタンリー。
村の人たちが噂してるぞ。
『王都で処刑された人さらいのスタンリーに似てる男が村にいる』って……
お前、本当に何も覚えてないのか?」
グリムが尻尾をぴこぴこさせながら言った。
「俺、昨日村のじいちゃんに聞いたんだ!
国王の化け物がまた娘を欲しがってるって!
第一王子と第二王子が争ってて、第三王子の処刑がきっかけで何か動きがあるらしいぞ!」
スタンリーは無言で薪を置いた。
頭に鋭い痛みが走る。
フラッシュ。
国王の赤い目。
牙のような歯で娘の首を噛みちぎる音。
血の匂い。
「さらえ」という冷たい命令。
自分の手が、泣く少女の腕を掴む感触。
「っ……!」
スタンリーは頭を抱え、膝をついた。
カイルとグリムが慌てて支える。
「おい、大丈夫か!?」
痛みが引いた後、スタンリーはゆっくり立ち上がった。
目が冷たい。
「……大丈夫だ。
ただ、リナを守りたいだけだ。」
その言葉を聞いた瞬間、リナは小屋から飛び出そうとした。
スタンリーは即座に駆け寄り、リナを小屋の中に押し戻した。
「出るな。」
声が低く、強い。
リナの目が涙で濡れる。
「おじさん……怖いよ……
私、兄さまのことが……」
リナは言葉を飲み込んだ。
異母兄妹の秘密を、口に出せない。
スタンリーはリナを抱きしめた。
強く、離さないように。
「誰にも渡さない。」
カイルが遠くから見守りながら、グリムに囁いた。
「あいつ……本当にただの記憶喪失か?
なんか、危ない雰囲気だぞ。」
グリムが尻尾を縮めた。
「俺、ちょっと怖くなってきた……」
村の空気が、少しずつ変わり始めていた。
噂は、静かに広がっていく。
これは、過去だった。
そして、終わりは、すでに始まっていた。




