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失われた記憶

雨が止んだ後の森は、土と葉の匂いが濃く立ち込めていた。

男は苔むした木の根元で目を覚ました。

32歳の体だった。

筋肉質で、ところどころに古い傷跡がある。

しかし、頭の中は真っ白だった。

名前も、過去も、何も覚えていない。

ただ、胸の奥に奇妙な疼きがあった。

守らなければならない何か……そんな感覚だけが残っていた。

男はよろよろと立ち上がり、森を抜けた。

前方に、小さな廃村が見えた。

村の入口で、15歳の少年カイルが薪を割っていた。

黒髪で、目が鋭く、正義感の強そうな顔立ち。

その横で、10歳くらいのゴブリンの少年が薪を運んでいた。

緑がかった肌、小さな牙、好奇心旺盛な目をした少年——グリムという名前だった。

カイルが男に気づき、斧を置いて駆け寄ってきた。

「おい、大丈夫か?

 森で倒れてたって村人が言ってたぞ。

 名前は? どこから来た?」

グリムが後ろから顔を覗かせ、尻尾をぴこぴこ動かしながら言った。

「へえ、人間だ! 珍しいなあ。

 俺、グリム! カイルの友達だぞ!

 お前、記憶飛んでるのか? 面白そう!」

男は首をゆっくりと振った。

「……わからない。

 何も、覚えていない。」

カイルは眉を寄せ、しかしすぐに笑った。

「記憶喪失か……。

 俺はカイル、15歳だ。

 この村で一人で暮らしてる。家族は……昔、王国の人さらいにさらわれて死んだ。

 グリムは村で唯一のゴブリンで、俺の相棒みたいなもんだ。」

グリムが胸を張った。

「そうだぞ! 俺、ゴブリンだけど頭いいからな!

 王国の化け物国王の話、知ってるか? 人を食べるんだぜ!」

そこへ、小さな影が駆け寄ってきた。

12歳の少女、リナ。

茶色の髪を短く切り、大きな瞳が不安そうに揺れている。

リナは男の姿を見るなり、目を大きく見開いた。

そして、震える声で言った。

「……兄さま?」

男は戸惑った。

「兄……さま?」

リナは唇を噛み、すぐに視線を落とした。

彼女は知っていた。

自分とこの男が、異母兄妹だということを。

母親が違う、秘密の兄妹。

スタンリーおじさまは悪人だった。

でも、私にだけは違った。

「……ごめん、違う人だったかも。

 おじさん……?」

カイルが笑った。

「リナ、お前も記憶喪失の人に会ったのか?

 この人は名前もわからないってさ。

 とりあえず、俺の小屋で休ませてやるよ。」

グリムが男の周りをぐるぐる回りながら言った。

「わー、背高い! 強そうだな!

 俺、薪運ぶの手伝ってくれよ!」

リナは男の袖をそっと掴んだ。

心の中で思う。

(兄さま……本当に、何も覚えていないの?

 私たち、異母兄妹なのに……

 おじさまは、私を守ってくれたのに……)

小屋に入ると、カイルとグリムが飯の支度を始めた。

スタンリーは無言で手伝いながら、リナの寝顔のような横顔を見つめていた。

胸の疼きが、強くなる。

これは、過去だった。

そして、終わりは、すでに始まっていた。

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