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【証拠はいらない】愚痴ばかり言ってしまう自分をやめたい

作者: Wataru
掲載日:2026/02/18

 事務所のドアが、控えめにノックされた。


「……開いてますよ」


 返事をすると、ゆっくり扉が開く。


 入ってきた女性は、肩の力が抜けきったような顔をしていた。


 ソファで寝転がっていた俺は、手だけ上げる。


「相談所じゃないけど、話くらいは聞く」


 隣から即座に声が飛ぶ。


「せめて姿勢を正しなさい」


 相棒だ。


 仕方なく体を起こす。


 女性は椅子に腰を下ろし、ぽつりと言った。


「私……愚痴ばっかり言っちゃうんです」


 仕事の愚痴。


 上司の愚痴。


 同僚の愚痴。


 友達にも、家族にも。


「言った後、いつも後悔して……」


「やめたいんです」


 俯いたまま言う。


 俺は腕を組んだ。


「で、やめられない?」


 小さく頷く。


 しばらく黙ってから、俺は言った。


「別にいいんじゃない?」


 女性は顔を上げる。


「え?」


 横で相棒が、呆れたように息をつく。


「また適当なこと言ってる……」


 無視する。


「愚痴言って、ちょっと楽になるんだろ?」


「……なります」


「じゃあ必要なんだよ、それ」


 女性は戸惑う。


「でも、愚痴言っても何も変わらないし……」


「変わらないな」


 即答する。


 女性は言葉を失う。


「上司も会社も人生も、愚痴じゃ変わらない」


 でもさ、と声を少し落とす。


「今日、倒れずに済んだなら、それで十分だろ」


 沈黙が落ちる。


「変えるのは、元気な日にやればいい」


「無理な日は、愚痴でいい」


 相棒が、小さく付け加える。


「ただし、聞いてくれる人には感謝すること」


 女性は、はっとした顔をした。


「……はい」


 帰り際、少しだけ顔色が良くなっていた。


 ドアが閉まる。


 しばらくして、相棒がぽつりと言った。


「……今日は、ちゃんと役に立ってたんじゃない?」


 俺はソファに倒れ込む。


「毎回立ってるつもりだが」


「はいはい」


 呆れた声。


 窓の外では、街の灯りが揺れている。


 今日を乗り切れただけで、

 それで十分な日もある。


 自分を責め続けるための証拠なんて、

 どこにもいらない。


 だから――


 もう、証拠はいらない。


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