1.2.2 問題設定|経済活動の参照軸としての物理量
経済活動を記述する際に用いられる参照軸は、必ずしも貨幣に限定されるものではない。歴史的には、貨幣は交換の利便性、記録の容易性、信用の集約といった要請から採用されてきたが、その価値を最終的に裏付けてきたのは、常に何らかの非貨幣的基準であった。金属、土地、生産力、国家信用などは、その代表的な例であり、いずれも物理的・制度的制約と結びついた参照対象である。
地球外ハビタットにおいては、この参照対象の性質がより明確に露呈する。閉鎖環境下では、エネルギー、物質、時間といった物理量が、抽象的価値を媒介する以前に、生存条件そのものを規定する要素として前景化する。すなわち、これらの物理量は「価値を測るための尺度」である以前に、「価値を成立させる前提条件」として機能する。
物理量を経済活動の参照軸として扱う試みは、概念的には新しいものではない。エネルギー、労働時間、資源消費量などを基準に経済行為を評価しようとする議論は、地球上においても断続的に行われてきた。しかし、それらの多くは、既存の貨幣体系を補完する指標、あるいは批判的視点として位置づけられ、制度の中核的な記述軸となることは稀であった。
これに対し、地球外ハビタットでは、物理量は補助的指標にとどまらず、経済活動の結果が生存条件にどのような影響を与えるかを直接的に示す情報として扱われる。たとえば、ある生産行為がどの程度のエネルギー収支をもたらすか、ある交換が物質循環にどのような負荷を与えるかといった点は、価格変動とは独立に、運用上の重要性を持つ。
このような環境において、物理量を参照軸とする記述は、倫理的主張や制度改革を伴わずとも、分析上の有効性を持ち得る。経済行為を、貨幣の増減としてではなく、エネルギーや物質の移動、蓄積、消費として再記述することで、従来は間接的にしか把握できなかった生存条件との対応関係が可視化される。
本研究が注目するのは、物理量を新たな価値基準として導入することそのものではない。むしろ、既存の経済活動が、すでに物理量との対応関係を内在的に持っているにもかかわらず、それが貨幣という抽象的参照軸の下で一括して表現されてきた点にある。物理量を参照軸とする再記述は、経済活動の意味内容を変更するものではなく、その記述の解像度を変更する操作として位置づけられる。
以上を踏まえると、地球外ハビタットにおける経済活動は、貨幣を唯一の参照軸とする記述から解放され、物理量を含む複数の参照軸によって同時に表現され得る段階にあると言える。次章では、この再記述を具体的に可能にする記録装置と操作体系について、制度的・技術的前提として整理する。




