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10.3 経済制度が不要となる条件

本節では、本研究全体で検討してきた諸過程を踏まえ、経済制度そのものが不要となる条件について整理する。ここでいう「不要」とは、制度が否定されることや廃棄されることを意味しない。それは、制度が存在していても参照されず、行為選択に影響を与えなくなる状態を指す。


経済制度が必要とされるのは、行為の結果を将来に持ち越し、他者との関係を調整し、集団としての安定を確保するためである。計測、記録、交換、清算といった操作は、いずれもこの調整機能を支えるために存在してきた。しかし、これらの操作が成立しない、あるいは成立させること自体が過剰な負荷となる環境において、制度は機能的意義を失う。


第6章から第9章にかけて示されたように、極限環境では、調整のための制度が新たな不確実性や排除を生む場合がある。予測誤差の累積、評価基準の固定化、善意による選別といった現象は、制度が生存を支えるどころか、生存の継続を妨げる要因として作用する。このとき、制度は維持されていても、生存への寄与という観点からは冗長な構造となる。


経済制度が不要となる第一の条件は、行為の結果が将来に持ち越されないことである。非計測的・非交換的生存様式においては、行為はその都度完結し、履歴として蓄積されない。結果として、信用や負債といった概念が意味を持たず、制度的調整の必要性が消失する。


第二の条件は、生存単位が縮小し、調整対象が限定されることである。個体あるいは極小規模の集団においては、制度による抽象的調整よりも、即時的な対応の方が合理的となる。この規模では、制度が提供する一般性や公平性は利点として機能せず、むしろ対応の遅延や誤差を増大させる。


第三の条件は、将来に対する共通の想定が成立しないことである。経済制度は、将来が一定の枠内で予測可能であるという暗黙の前提を必要とする。しかし、環境変動や資源制約によってこの前提が失われた場合、制度は調整装置として機能しない。将来を共有できない社会においては、制度は参照される前に放棄される。


重要なのは、これらの条件が意図的に選択されるわけではない点である。経済制度が不要となるのは、反制度的思想が勝利した結果ではなく、制度を用いることが生存にとって意味を持たなくなった結果である。この過程において、制度は破壊されず、静かに周縁化される。


以上より、経済制度が不要となる条件とは、制度が悪であることでも、未熟であることでもない。それは、制度が想定していた調整機能が、環境条件の変化によって成立しなくなった状態を指す。制度はその役割を終え、生存そのものが唯一の参照軸として残る。この地点において、経済制度は問題ではなくなり、ただ存在しないものとして扱われる。

【参考文献】

アーサー・C・クラーク『地球幼年期の終わり』(バランタイン社、1952)

エルンスト・A・ヘイゼン『制度の死ではなく参照の死――自己維持構造としての経済』(ノード複雑系理論書房、2188)

『スッタニパータ』(成立年代不詳)

『道徳経』(成立年代不詳)

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