10.2 生存への忠誠という帰結
本節では、前節で検討した理念主導制度の限界を踏まえ、最終的に前景化する参照軸としての生存への忠誠について整理する。ここでいう忠誠とは、価値判断や道徳的選好を含意する態度ではなく、制度や理念が機能しなくなった後にも残存する、行為選択の最下層に位置する基準を指す。
第8章および第9章で示した諸過程を通じて明らかになったのは、制度が解体し、理念が参照不能となった状況においても、生存それ自体は参照され続けるという事実である。効率、平等、幸福といった目的概念が後景化した後も、個体は生き続けるか否かという問いに直面し続ける。この問いは、理念によって選択されるものではなく、選択を放棄できない条件として存在する。
生存への忠誠が帰結として現れるのは、制度的選択肢が尽きた後である。制度が存在する限り、個体は制度への忠誠を通じて間接的に生存を確保しようとする。しかし、制度がその機能を失ったとき、忠誠の対象は制度から切り離され、生存そのものへと直接的に移行する。この移行は意識的な転向ではなく、参照点の消失によって生じる自動的な収束である。
重要なのは、生存への忠誠が倫理的価値判断を伴わない点である。それは「生きることが善である」という主張ではなく、「生きる以外に参照できるものがない」という状況認識に基づく。したがって、この忠誠は高尚でも卑小でもなく、称揚や批判の対象にならない。
また、生存への忠誠は、社会的結束を必ずしも生まない。制度的連帯や理念的共同性が失われた後に残るのは、個体ごとの生存判断であり、それらが偶然に重なったときにのみ、緩やかな共同体が形成される。この共同体は目的を持たず、維持される理由も持たない。ただ、生存が継続している間、存在し続ける。
以上より、本研究が描いてきた制度的経済の終端像において、生存への忠誠は選択肢ではなく結果として現れる。それは、制度を信じ続けた末の到達点でも、制度を拒否した末の解放でもない。理念が機能しなくなった後に、なお残ってしまう唯一の参照軸として位置づけられる。
次節では、この帰結を踏まえ、経済制度そのものが不要となる条件について検討する。
【参考文献】
アンドリュー・K・ノヴァク『国境の外で生きる――国家を持たない人々の記録』(グレイホライゾンプレス、2186)
リディア・S・モレノ『帰る国が消えたあとで』(グレイホライゾンプレス、2188)
ミロシュ・R・ヴァルガ『今日も息をしているだけ』(ミラージュ詩叢書、2184)




