9.3 退行の合理性
本節では、第9章で描いてきた原始的生活への退行が、感情的反発や理念的選択ではなく、合理的帰結として成立している点を整理する。ここでいう合理性とは、効率性や最適性を意味しない。それは、参照可能な制度が失われた状況において、なお生存を継続するために選択される最小構成を指す。
制度的経済は、計測・記録・比較という操作を前提として成立していた。これらが維持できなくなった環境では、制度そのものを回復しようとする試みが、かえって調整コストを増大させる。9.1および9.2で示した非計測的・非交換的な生活形態は、このコストを回避するための適応であり、制度再建よりも生活継続を優先した結果として理解できる。
退行が合理的である理由の第一は、判断負荷の低減にある。計測や評価が存在しない状況では、個体は将来の見通しや他者との比較を考慮する必要がない。行為は「可能か否か」「今有効か否か」という即時的基準で選択され、誤差の累積や判断の遅延が生じにくい。これは、制度的経済において問題となっていた予測依存や短期最適化とは異なる形で、判断の単純化を実現している。
第二に、退行は排除の問題を構造的に解消する。制度的経済における排除は、評価基準と清算手続きが存在することで生じていた。非計測的生存様式では、これらの基準が存在しないため、制度的排除という概念自体が成立しない。誰かを「基準未満」として切り捨てる操作が不可能になることで、排除は行為として現れなくなる。
第三に、退行は失敗の定義を変更する。制度的経済において失敗とは、評価基準を満たせなかったことを意味した。しかし、評価が存在しない環境では、失敗は単に生存できなかったという事実に還元される。この還元は過酷であるが、同時に説明不能な失敗を生まない。結果として、失敗は制度的責任や倫理的非難の対象ではなく、環境条件の帰結として受け止められる。
重要なのは、この合理性が望ましさを含意しない点である。退行は快適さや安定を保証しないし、文化的発展や知識の蓄積を促進するものでもない。それでもなお、制度的経済が成立する条件を完全に失った状況において、退行は唯一持続可能な選択肢として浮上する。
以上より、原始的生活への退行は、制度の失敗に対する敗北的選択ではない。それは、制度を前提としない生存様式が、極限条件下において合理的であることを示す事例である。退行は後戻りではなく、制度的経済の終端において現れる、別の合理性として位置づけられる。
【参考文献】
ハロルド・E・ミルナー『経済の熱的死――価値勾配が消失した後の社会』(ノード理論経済叢書、2194)
レイナ・コルデス 編『四百年分の終わり方――SFに描かれたユートピアとディストピア』(オービタル・カルチャー選書、2189)
アンドレイ・V・ペトリン『最小生存モデル――判断を行わない個体の安定条件』(アストラ数理生態学叢書、2183)




