8.1 予測精度への過度な依存
本節では、制度的経済が破綻へと向かう典型的な経路として、予測精度への過度な依存を取り上げる。ここでいう破綻とは、制度が直ちに停止することを意味しない。むしろ、制度がなお整合的に運用されているにもかかわらず、調整余地を自ら失っていく過程を指す。
生存効率係数およびそれを支える予測モデルは、本研究において意思決定を補助する暫定的な指標として位置づけられてきた。しかし、これらの指標が高い説明力を示し続けると、次第にそれ自体が判断の根拠から判断の代替物へと変質する。すなわち、「参考にする」ものが、「従うべきもの」へと転化する。
予測精度への過度な依存は、多くの場合、成功体験を起点として発生する。過去の選択が予測モデルと一致し、望ましい結果をもたらした場合、その一致は偶然や条件依存性としてではなく、精度の証明として解釈されやすい。以降の判断では、予測モデルと整合しない行為が、未検証であるがゆえに排除される傾向が強まる。
この過程で起こるのは、予測誤差の増大ではない。むしろ逆に、誤差が見えなくなる。予測モデルに基づく判断が制度の標準となることで、モデルが想定していない事象は、例外ではなく無視される対象となる。結果として、制度は現実の変化に対して鈍感になり、調整の初動が遅延する。
予測精度への依存が破綻的である理由は、予測が外れるからではない。予測が外れること自体は、前章までで述べた通り、制度的に許容されている。問題は、外れたという事実が、制度内部で意味を持たなくなる点にある。予測モデルが正しいと前提される限り、外れはノイズとして処理され、修正の契機とならない。
この状態では、個体の判断も変質する。生存効率係数の高い行為が繰り返し選択されることで、行動の多様性は急速に低下する。多様性の低下は、短期的には効率の上昇として観測されるが、同時に、予測モデルの前提条件が現実と乖離した場合の耐性を著しく低下させる。
重要なのは、この破綻パターンが合理的判断の連続によって形成される点である。予測精度への依存は、怠慢や無知の結果ではない。むしろ、制度と個体がともに「正しく振る舞おう」とした結果として生じる。そのため、この過程は内部からは破綻として認識されにくく、外部から見て初めて兆候として捉えられる。
以上より、予測精度への過度な依存は、制度的経済が自らの柔軟性を失い、回収不能の境界へと収束していく典型的な破綻パターンである。次節では、この依存がさらに進行した結果として生じる、短期最適化への収束を検討する。
【参考文献】
ナサニエル・B・クライン『予測が正しすぎた社会――意思決定の外部化とその帰結』(ノード・アナリティクス出版、2028)
エリカ・モレノ『AIチルドレン――予測と推薦の中で育った世代』(ミラージュ社会学叢書、2031)
マーカス・L・ホワイト『判断を放棄した経営者――精度の高い世界で起きたこと』(グレイホライゾンプレス、2043)
サイモン・F・リー『だいたい合ってるから大丈夫』(アンダーサイド・ブックス、2029)




