3.1 カロリーの定義と計測可能性
本章では、経済活動を再記述するための参照軸としてカロリーを導入する。ただし、ここで扱うカロリーは、栄養学的・生理学的な概念として厳密に定義されるものではない。本研究におけるカロリーは、生存に必要なエネルギー移動を記述するための最小単位として位置づけられる操作的概念である。
カロリーは本来、熱量として定義される物理量であり、計測可能性という点において高い安定性を持つ。この特徴は、価値尺度として用いられてきた多くの抽象的指標とは対照的である。熱量としてのカロリーは、理論的には物質変換やエネルギー消費に直接対応しており、外部参照を必要としない。この「閉じた定義」は、記述上の参照軸として重要な性質である。
もっとも、本研究が対象とするのは、純粋な物理量としてのカロリーではない。 経済活動の文脈において意味を持つのは、個体が利用可能な形で移動・蓄積・消費されるエネルギーであり、その全過程が完全に熱量換算されている必要はない。重要なのは、各段階において一定の換算規則が共有されていることである。
地球外ハビタットでは、生存に必要なエネルギーの流れが高度に可視化されている。食料生産、酸素循環、温度制御、廃棄物処理といったプロセスは、いずれもエネルギー投入と回収の連鎖として管理されており、結果としてカロリーに換算可能な指標が随所に存在する。この環境では、カロリーは新たに導入される尺度ではなく、すでに運用されている管理指標の一部として潜在的に存在している。
計測可能性の観点から見ると、カロリーは二重の意味で有利である。第一に、測定誤差が制度設計上の問題として扱いやすい。測定値の揺らぎは、統計的処理や安全係数によって吸収可能であり、価値判断の恣意性とは異なる次元で制御される。第二に、計測主体が限定されない。特定の中央機関や権威を必要とせず、装置と手順が共有されていれば、同一の尺度として機能する。
ここで強調すべきは、カロリーを価値の「本質」として扱わない点である。本研究は、経済活動をカロリーに還元することを目的としない。むしろ、既存の経済行為を、カロリーという物理量に基づいて並行的に表現することを試みる。この再記述は、既存の貨幣体系や価格体系を置き換えるものではなく、それらの外側に付加される補助的な記録である。
したがって、本著におけるカロリーの定義は、物理学的厳密性よりも、記述上の一貫性と可用性を優先する。多少の曖昧さや近似を含んだとしても、測定可能であり、記録可能であり、比較可能であることが重要である。この条件を満たす限りにおいて、カロリーは経済活動を再記述する参照軸として十分に機能し得る。
次節では、こうして定義されたカロリーが、どのように記録・蓄積・移転されるかを扱う。ここでは、既に一般流通している記録装置を、経済活動の表現手段として提案する。
【参考文献】
エミリー・J・カーター『制限される豊かさ――飽食時代におけるカロリー管理の文化史』(ヘリックス・ライフサイエンス出版、2176)
アレックス・モリス『なぜ人はカロリーを数えるのか』(ポピュラー・サイエンス・レビュー、2172)




